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2006年8月29日 (火)

「環境リスク学」に関する雑感

『環境リスク学』(中西準子著、日本評論社刊)を精読した。同書は縦書きの本なので専門家向けというよりは、専門外の人に向けて書かれた本であろう。

リスク学は主に「○○をすることによって、平均寿命がどの程度減るか」を計算する学問である。平均寿命の増減だけでなく、QOL(Quality of Life)も含めて評価したいという部下の研究者の申し出に対して、それを禁止してきたというくだりには感銘を受けた。

「健康体として、あと1年の寿命があるのと、盲人としてあと2年生きるのとでは、どちらを選びますか」という質問が欧米の文献から引用してあったが、確かにこれを評価するのは学問ではない気がする。

しかし、本来のリスク学にも、疑問に思ったところがある。

一人の人命を救うために1000万円の税金を使うのは妥当だが、100億円では高すぎる(非現実的)というくだりがあった。リスク学では、本来的に人命を金銭的価値に換算しなければならないのか。これはやむを得ないのか。

さらに以下は前から思っている私見。

評価方法はいわゆる「期待値」(=確率×悪影響)の大小でいいのか。期待値である以上、確率が、極めて小さくて、悪影響が極めて甚大な場合と、確率が普通に小さくて、悪影響が普通に大きい場合が同じ数字となってしまう。

たとえば、確率は10万年に1回だが、それが起きると人類が滅亡につながるという事柄の場合と、1年に1万人が死亡するレベルの事柄(国内の交通事故がこれに相当)は期待値がほぼ同じである。これを同じと評価して、いいのか。人類が滅亡の方を避けるべきではないのか。

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コメント

はじめまして。先生の記事を、興味深く、読ませていただきました。
この記事の最後にある、「たとえば…」の件、本筋とは異なって申し訳ないのですが、どうしてもお聞きしたいことがあります。
こういう場合に、前提条件とするのは、交通事故死以外の人口推移については増減なしとするものなのですか。それとも、ある約束事に基づいて、増減するというモデルを用いるものなのですか。
いずれを選択するかによって、10万年の間には、大きな差異がうまれると思われますが、学問の世界では、そこをどのように取り扱うのが通常なのか、教えていただきたく、何卒よろしくお願い致します。

投稿: 相馬達也 | 2006年8月30日 (水) 00時41分

コメントありがとうございます。私は、環境リスク学自体にはあまり詳しくないのですが、ご質問の事柄については研究者によってまちまちではないかと思います。リスク計算の報告を見ても、かなり大胆な仮定がされていることが多いので、研究者がどのように仮定するかそれぞれの判断によると思います。実際に、研究者によって、計算結果に大きな開きがあることも事実です。環境リスク学はまだまだ黎明期の学問のような気がしています。

投稿: Tsuyumoto | 2006年8月30日 (水) 20時05分

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