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2007年1月 8日 (月)

2次元結晶の粉末X線回折

2次元結晶の粉末X線回折パターンのピークは左右非対称になり、右側だけに広がって裾を引いた形状になる。なぜか書いてある専門書を見かけないので、ノートしておく。この項目は専門的な話になる。

2次元結晶とは、3次元空間におけるa軸、b軸、c軸のうち、a軸とb軸方向にしか規則性がないものである。イメージとしては次のどれでも良い。

  1. 細長い円柱が平行に規則正しく並んでいるイメージ(缶ジュースが規則正しく並んで箱に詰められている形、タンパク質などで見られることがある)
  2. 原子が平面状に規則正しく並び1枚のシート(層)を作って、その層が等間隔で重なるが、向きが異なっているというイメージ(層同士は平行だが、層同士が並進操作の関係になく、c軸中心の回転操作を伴う。重なるときに、同じ位置が上下に来るなどの規則性があれば3次元結晶となる)。
  3. 原子が平面状に規則正しく並び1枚のシート(層)を作って、その層が平行に同じ向きに重なる(並進操作で重なる)が、その層間隔がランダムである(等間隔でない)。

※ 粉末X線回折では多結晶試料のときもそうであるように、数多くある面のうち特定の向きにある面(層)だけを観察することになる。だから、2.に書いたイメージからX線で観察される方向を向いている層(面)だけを取り出せば、3.のイメージと同じになる。

グラファイト(黒鉛)は炭素原子が共有結合で平面状の層を作り(炭素は正六角形を作るように結合)、その層がファンデルワールス力で規則的に積み重なったものである。通常のグラファイトは、正六角形の中心の位置に、上下の層の炭素原子が来るように重なっているので、3次元結晶である。

熱処理した一部のグラファイトはこの層の重なり方が乱れて、2次元結晶となることが知られている。1枚の層はしっかりと共有結合で平面を形成しているが、層が重なるときの向きがランダムになるのである。ただし、層同士は平行で、層同士の間隔も通常のものとほぼ同じである。

この2次元結晶となったグラファイトの粉末X線回折パターンでは

 (00ℓ)のピークは通常の粉末X線回折と同様に出現する

 (hk0)のピークは左右非対称になり右側に広がった形状となる

 (hkℓ)のピークは観察されない

となる。ただし層の方向をa軸、b軸、層に垂直な方向をc軸とする。

2dxrd 左図は、2次元結晶となったグラファイト(熱処理したカーボンブラック)の粉末X線回折パターンである。左から(100)、(004)、(110)。(100)、(110)のみ右側に広がり、(004)は通常の形状をしている。この図はB. E. Warren, "X-ray Diffraction in Random Layer Lattices", Phys. Rev. 59, 693-698 (1941).からの引用。余談だが、Laue(ラウエ)が、X線回折の測定結果が規則的な模様になることを報告したのが1912年である。その当時はまだそのような模様が得られる理由がよく説明されていなかった(結晶によるX線の回折という現象自体よく知られていなかった)。Laueの報告と同じ年の1912年、Bragg(ブラッグ)が早速、Laueの結果を解析して、かの有名なBraggの式(2d sinθ=nλ)を提出したのであった。今では高校物理で学習する簡単な式であるが、最初に導出するときには相当の苦労があったはずである。上記の2次元結晶を扱った論文はそれから29年後に提出されたことになる。

ピークが右側に広がる理由については、逆格子を用いた説明が上記論文に記載されているが、逆格子を用いなくても直観的に説明することができる。

まず、逆格子を用いた説明であるが、これを理解するためには逆格子の概念とエバルト(Ewald)の作図(エバルト球ともいう)が予備知識として必要である。

エバルトの作図は、ブラッグの回折条件を逆格子上で視覚的(図形的)に表現したものである。(キッテル固体物理学入門 amazonへリンク第2章あたりか、カリティ『X線回折要論』 amazonへリンクを参照)

逆格子上にベクトルk(入射X線の波数ベクトル)を、ベクトルの終点に逆格子点が来るように描く。kの始点を中心として半径|k|の球面を描く。この球面が他の逆格子点を通れば、回折が起きる(ブラッグの回折条件を満たすことになる)。球の中心からその逆格子点に向かうベクトルをk'とすれば、kk'のなす角がブラッグ角である。

3次元結晶の場合、逆格子点はごく小さい球であり、その球と上記のエバルト球が交わった部分の面積が回折ピーク強度となる。もし、逆格子点が大きさのない点ならエバルト球の半径は幅のない一つの値に決まるのだが、実際には逆格子点が点ではなく大きさのある小さい球だから、交わるエバルト球の半径にはある程度の幅があることになる。エバルト球を徐々に大きくしていけば、ある半径で逆格子点(小球)と交わりだして、ある半径で交わるのをやめる。交わる部分の面積は増えてから減るのだが、この増え方と減り方はほぼ同じペースだから、回折パターンに現れるピークは左右非対称にはならない。

一方、2次元結晶の逆格子は3次元結晶と異なって、点(小球)ではなく、細い円柱が平行に規則的に並ぶ。上記の特殊なグラファイトの例ではc軸に平行に細い円柱が並ぶ(c軸方向には無限の長さと考えてよい)。同様にエバルト球を考えると、今度は円柱と球面と交わる面積を考えることになる。エバルト球をだんだんと大きくしていくと、円柱と交わり始めるが、今度は円柱の長さが無限なので、いくらエバルト球が大きくなっても一部はずっと交わり続けることになる。これが回折パターンで右側に裾を引く理由である。上記論文では、逆格子上で交わる部分の面積をもとにして、回折強度が計算されている。詳細は論文を見て欲しい。

次に、逆格子を使わない直観的な説明

上記グラファイトの(100)面を考える。

3次元結晶の場合なら、(100)面をはじめとして、(101)、(102)、(103)、(104)、(105)、(106)、(107)、(108)、・・・・と不連続に次々と回折ピークが出現する。ac面で投影した図を描いてみて欲しい。

2次元結晶として冒頭に書いたイメージのうち、3番目を考える。c軸方向の面間隔がランダムということは、3次元結晶で描いたab面をそれぞれ上下に任意に動かした場合に相当する。すると、上では(101)、(102)、(103)、(104)、(105)、(106)、(107)、(108)、・・・・と不連続に現れていたピークが、連続的に現れてくるということになる。これらのピークは(100)の現れる場所に連続して引き続いて現れるはずである。これが右側にピークが広がる理由となる。

以上は、私が大学院生時代、現京大助教授の日比野光宏氏(当時彼も同じく大学院生だったが)とディスカッションした内容にヒントを得たものである。氏は、逆格子を使って解析していたが、私は実格子で説明するとどういうイメージなのか、リートベルト(Rietveld)法による構造解析はできないのかなど考えていた。当時、馬鹿でかいSun製のUNIXワークステーションを使ってリートベルト解析を行っていたのが懐かしい。2次元結晶には空間群が定義できないので、リートベルト法の適用は現状では無理であろう。2次元結晶向けにプログラムをゼロから組めば同様の解析は可能かもしれないが、かなりの労力を要すると思う。

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