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2007年1月 5日 (金)

フラーレンと分子軌道法

サッカーボールと同じ構造をもつフラーレン(fullerene)C60は、1985年にRobert F. Curl Jr.、Sir Harold W. Kroto、Richard E. Smalleyの3名によって発見された。彼らは、この業績で1996年にノーベル化学賞を受賞している(The Nobel Prize in Chemistry 1996, "for their discovery of fullerenes")。

サッカーボール状の炭素分子C60が存在するという理論的な予測は、1970年に豊橋科学技術大学の大澤映二教授によってなされている(大澤映二、「化学」、25巻、854頁、1970年)。「化学」誌は化学同人の発行する一般向けの科学雑誌で、書店で販売されている。この論文は、こんな面白い構造の物質の存在が予測できました、という長さ1ページ程のの短いコラム風の解説記事であった。今ほどコンピュータが発達していない1970年に既にその存在が予測されていたのである。

フラーレンの発見に関して、興味深い逸話がある。

実は、彼ら以前にも彼らに近い手法で、新しい炭素材料の合成を試みていた化学者は少なくなかった。フラーレンC60の発見後、その実験データ(質量分析スペクトルなど分子量がわかるデータ等)をもう一度、詳しくよく見てみると、わずかであるが、分子量720のC60の場所にピークがあったそうである。ノイズと見間違うレベルなので誰も気に留めなかったという。つまり、1985年の発見以前にもC60は存在していたし、その測定データもノイズと間違われるレベルではあるが存在していたのだった。そもそもサッカーボール状のC60があるのでは?ということを、念頭において研究していないから、見落としていたのだろう。

一方、C60を発見した3人は、つね日ごろからサッカーボール状の分子のことを考えていた。サッカーボールと同じ構造をしたジャングルジムで子どもの頃から遊んでいて、そんなことを考えていたという。

C60フラーレンC60は、5員環(5角形)12個と6員環(6角形)20個から構成されている。正20面体(正三角形20個で構成)の頂点部分を、スパッと切断した形をしているので切頭20面体と言われる。(正20面体は一つの頂点に正三角形5個が集まっているので、そこを切れば5角形ができる。正三角形をしている各面は3つある頂点を全部切断されるので、6角形になる)

C60分子を描くときは、5員環には5個の6員環が接し、6員環には6員環3個と5員環3個が交互に接するように描く。炭素・炭素の二重結合は5員環にはなく、6員環同士が接する場所に存在する。

■ 分子軌道法によるC60の構造の最適化

「化学コンピュータ演習」の講義で、分子軌道法を用いて、C60の構造の最適化を行ってみた。このようなことは論文にならないので、ブログに記録することにする。

以下は、特に記した以外、初期構造をまず分子力学法(MM3)で最適化し、その後、分子軌道法(MOPAC2002)のPM5ハミルトニアンを使用して、最適化したものである。なお、本学では贅沢なことに富士通CAChe 6.1を教材として用いているので、以下の図、結果はCACheを用いて描いたものである。また、以下はフラーレンの実際の生成過程を表している訳ではない。

C20_2 まず、5員環を中心に置き、その周囲に6員環5個を置いて、C20分子の構造を最適化した。その結果、C20では平面構造のままであった。6員環の結合角は本来120度が安定のはずだが、そこを無理する形で歪んだ6員環となって、きれいな平面構造を保っていた(左図)。

C40mm3C40  次に、さらにその外側に5員環5個、6員環5個を置いて、C40分子の構造を最適化した。分子力学法で最適化した結果はいびつであるが(左側)、その後、分子軌道法で最適化したところ、美しい半球状になった(右側)。

C55 さらに、その外側に5員環5個、6員環5個を置いてC55分子の構造を最適化した(上の半球となった構造の外側に追加した)。その結果、あと一歩で球となる構造となった(左図)。はじめは平面だったものが、だんだんと丸まってくる様子がわかる。

C60_1 これが最後だが、さらに5原子追加し、C60分子として構造を最適化した。きれいな球となり、究極の対称性が得られた。

点群 Ih

炭素・炭素の原子間距離(PM5ハミルトニアン)

 1.461Å(5員環と6員環の接する結合)

 1.373Å(6員環同士が接する結合 二重結合)

※原子はすべて等価だが、結合は等価でないことがわかる

ちなみにPM3ハミルトニアンでは、1.458Å(5員環と6員環の接する結合)、 1.384Å(6員環同士が接する結合 二重結合)。AM1ハミルトニアンでは、1.464Å(5員環と6員環の接する結合)、1.385Å(6員環同士が接する結合 二重結合)。PM3やAM1はC60が発見される前のデータが使われているが、それでもよく一致している。

■ B60はフラーレンと同様に、サッカーボール状になるか?

B60 原子番号が炭素より1個少ない、ホウ素Bでもフラーレン同様の球状分子B60ができるか計算してみた。初期構造として、C60のCをBに置換した構造をとり、二重結合は、単結合に変更した。PM5を使用して、最適化した結果、同じく球状の分子が得られた。点群IhなのでC60同様の高い対称性である。結合距離(参考程度)は1.659Å(6員環同士の結合)、1.676Å(5員環と6員環の接する結合)。理論的にはB60の存在も予測されたことになる。余談だが、このBとBの間に酸素原子を置いた球状分子B60O90ができないかどうかも興味のあるところである。

■ Si60はフラーレンと同様に、サッカーボール状になるか?

Si60 周期表で炭素のすぐ下にあるケイ素でフラーレン同様の球状分子Si60ができるか計算してみた。初期構造として、C60のC原子をSi原子に置換した構造を用いた。Siの場合はPM3、PM5にデータがないので、AM1を使用して最適化した。その結果、同じく球状の分子が得られた。点群IhなのでC60同様の高い対称性である。結合距離(参考程度)は2.092Å(6員環同士の結合)、2.298Å(5員環と6員環の接する結合)となった。理論的にはSi60の存在も予測されたことになる。

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