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2007年3月 9日 (金)

超伝導フィーバーの追憶

私の経歴は学部が工学部工業化学科卒業、大学院博士課程は工学系研究科応用化学専攻修了であるが、修士課程は工学系研究科超伝導工学専攻という全国でも珍しい専攻名の修了である。

これは実は初めから志望したわけではなく、工業化学専攻で入試を受け入学する予定だったのが、新設の超伝導工学専攻の定員を満たす必要があるという一種の政治的な理由で、意向を確認された上で振り替えられたのであった。超伝導工学専攻は新設計画時は「超電導工学専攻」と表記していたが、これもなんらかの理由で出来たときには「超伝導工学専攻」に変わっていた。意味は同じだが、超電導は通産省、超伝導は文部省がよく使っていた表記である。

そういう経緯なので、超伝導工学専攻修了と言っても、超伝導自体の勉強や研究をしていたわけではない。固体の電気的性質の研究を行っていただけである。

ただ、超伝導関係で有名な先生が多く周辺にいらしたので、超伝導関連の話はよく伺っていた。

超伝導フィーバーのきっかけとなった最初の研究は、1986年の春にIBMチューリッヒ研究所のベドノルツとミュラーがバリウム-ランタン-銅系の複合酸化物で、高温超伝導の「可能性」を指摘した論文である。実際、彼らの論文のタイトルは"Possible high Tc superconductivity in the Ba-La-Cu-O system", (J. G. Bednorz, and K. A. Muller. Z. fur Phys., Vol. 64, p.189−193, 1986)であり、見てわかるように「超伝導の可能性」(「可能性のある超伝導」、「ありえるかも、超伝導」)という弱い表現である。おそらく超伝導であるということを確定させるためには、マイスナー効果を確認するだとか、臨界電流を調べるだとかの実験が必要なために、弱い表現にとどまったのだろう。レフェリー(論文査読員)にそう指摘されて変更したのか、初めからこの弱い表現だったのかは不明である。とにかく、それまで超伝導といえば金属であり、酸化物でしかもより高温で超伝導状態になるというのは本当だったら衝撃的なことであった。

これが1986年の暮れに、超伝導を専門とする日本の研究グループによってホンモノであることが確認された。この結果を1986年12月、米国ボストンのMaterials Research Societyでの特別講演で北沢宏一先生(当時東大工学部助教授)が速報として発表し、超伝導フィーバーを巻き起こしたのであった。このフィーバーで固体試料をすりつぶすメノウの乳鉢が急な需要増加で、地球上から消えてなくなったという噂もあった。

1987~1988年の北沢先生の講義はほとんど休講状態だったと記憶している。研究者として一生に一度経験できるかどうかわからないような大騒ぎの中に身を置いたのだから当然だろう。誰も文句を言っていなかった。自分の研究分野でそういう大騒ぎが起こることだけでも、研究者として一生に一度出会えるかどうかの幸運である。

1989年になると少し落ち着いてきたのか、講義で北沢先生の話を伺える機会が増えた。ほとんどが超伝導フィーバーに関するエピソードであった。

フィーバーの最中、常温超伝導体の報告が相次いだ。1987年5月にはインド国立物理学研究所が299K(26℃)である種のセラミックスに含まれる相が超伝導を起こしたと発表。1987年6月にはアメリカのエナジー・コンバージョン・デバイシズ社が280K(7℃)、ソ連モスクワ大学低温研究所のモシャルコフが308K(35℃)と報告した。1987年6月25日付けの日経新聞では、電総研(通産省工業技術院)が「摂氏50度以上の新物質を開発」とスクープ。住友電工も27℃で1週間以上超伝導状態の続く物質を発見と報告した。私は大学に入学した直後だったので、新聞報道をかなり興味をもってチェックしていたのだった。

20年たった今では、その後の話を聞かないので何かの間違いだったと思われるのだが、ある先生はこれらの物質をUSO(Unidentified Superconducting Object)と命名されていた。

ちなみに未確認の常温超伝導の報告が相次いだ理由として、こんなことが考えられるという。電気抵抗がゼロになることを確認するためには、まず直流電源を使って一定電流を試料に流し、そのときに生じた電圧を測定して、オームの法則(抵抗=電圧/電流)で抵抗を求めるのが一般的である。つまり、測定した電圧がゼロなら、抵抗もゼロである。

しかし、酸化物には熱電変換効果(ゼーベック効果)といって、試料の両端に温度差があると電圧(熱起電力)を生じる性質がある。測定中に試料に温度勾配があると、試料内部に電圧(熱起電力)を生じる可能性がある。この熱起電力と実際に生じていた電圧が打ち消されて、電圧の測定値がゼロになってしまっていたのではないかと噂されている。ちなみに熱起電力の影響がないことを確認するために、流す電流を反転させて(プラスとマイナスを逆にして)、同じ数値が出るか確認するのが基本である。また、直流4端子法と言って、電流を測る電極と電圧を測る電極を別々に試料に装着することも基本である。

ところで、なんで急に超伝導フィーバーのことを思い出したかというと、一昨日(3月7日付け)の朝日新聞に「実用化探る高温超伝導ケーブル 送電試験、米で本格化」と題した記事が出ていたからである。酸化物の高温超伝導体は発見当初から加工しにくいことが難点に挙げられていた。金属の超伝導体なら曲げたり延ばしたりできるのだが、酸化物セラミックスだと陶器と同じで曲げると折れてしまうのだ。その難点を克服しての実用化である。

印象的なのは同系統の物質の発見から20年あまり経っているということである。特許なら切れてしまう時間だ(今、特許は原則、出願から20年間有効。当時は特許成立から15年間有効だったはず)。

一昨年(2005年)、愛知万博でJR東海のパビリオンを訪れたときにも、酸化物超伝導体の展示をしていたので、係員に確認したら、2005年秋から酸化物超伝導体を使ったリニアモーターカーの走行試験に入りますという話であった。

酸化物超伝導体、どこにいってしまったのかと思っていたが、そろそろ実用化されそうである。

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コメント

こんにちは。超伝導フィルタならば、90年代から米国で実用化されております。STI社で市販している第二世代用携帯電話の基地局用フィルタです(800MHz帯域)。日本でも、第三世代携帯電話用の基地局用に、2GHz帯域のフィルタシステムが富士通など幾社かで開発されましたが、携帯電話システムが新方式に乗り換えることがありませんでした。チリの電波望遠鏡群ALMAの受光素子に、高温超電導体が採用されております。西川きよしではありませんが、できることからコツコツと、ですね。

投稿: | 2008年5月 1日 (木) 16時56分

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