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2007年4月15日 (日)

「王様の本」の営業停止と岩波文庫の徳田秋声

勤務先の近くには「王様の本」という比較的大きな書店の本店(石川県野々市町扇が丘4-3)がある。

4月10日(火)の昼頃に弁当を買いに外に出たら、「王様の本」本店の広い駐車場がロープで封鎖してあり、「棚卸しの為、臨時休業させていただきます」と貼り紙がしてあった。学生が大勢本を買いに来る4月はじめに棚卸しで休業するのも珍しいし、駐車場全面が封鎖されて、貼り紙が駐車場入り口にあるのも変な気がした。すると翌日、こんな記事が出ていた。営業停止だそうである。

北國新聞2007年4月11日付朝刊記事より引用

王様の本が営業停止 石川で5店 仕入れ先が送品止める 大型出店続き、淘汰の波

 石川県内で五つの書店を展開する「王様の本」(同県野々市町)は十日までに、全店舗の営業を停止した。主力の仕入れ先が送品を止めており、事業の継続は困難とみられる。ピーク時には地場書店でトップクラスの規模を誇ったが、大型店を相次いで出店する県外資本との競争が激化し、淘汰(とうた)の波に飲み込まれた形だ。

 王様の本は、野々市町の本店を中心に、松任、小松、羽咋、加賀の各店で、書籍、文具、CD・DVDなどを販売している。十日、本店の店頭には「棚卸しのため、臨時休業」の張り紙が掲示され、従業員には前日に説明があったという。

 仕入れ先のトーハン(東京)の関係者によると、九日に商品の供給を止めた。本店では、店頭の書籍などを運び出す業者の姿もみられた。

 王様の本は一九七六(昭和五十一)年に創業。民間の調査機関によると、ピーク時には石川県内で八店舗を運営し、一九九九年二月期には三十二億円を超える売上高を計上していた。

 しかし、その後、売り上げが伸びず、二〇〇三年三月に駅西店(金沢市)、今年一月末には桜田店(同)を閉店。〇六年二月期の売上高は約十八億円に落ち込んでいた。

 売り上げ低迷の背景には、ここ一、二年で、金沢とその周辺で県外資本を中心に出店競争が激化していることがある。本店のある野々市町では、昨年十月に勝木書店(福井市)が大型店をオープン、同十二月には明文堂書店(富山市)が北陸最大級の店舗を開業し、「完全にオーバーストアの状態」との見方も出ていた。

 石川県庁の周辺でも、文苑堂書店(高岡市)に続き、明文堂書店が巨艦店を建設しており、さらなる過当競争に陥る可能性がある。書籍のインターネット販売が広がる中、限られた顧客の奪い合いが過熱しており、今後、石川県内のブック業界の再編が一気に進むことも予想される。

書店はふつう、トーハンなどの取次ぎから納品された書籍を棚に並べ、取次ぎには売れた分だけの代金を支払えばよいと聞いたことがある。そういった流通形態であるにもかかわらず、取次ぎから送品を止められたということは、売れた分の代金さえ支払えなかったということか?よほど資金繰りが悪化していたのだろうか。

私が金沢に来た1999年頃は市内には大きな書店がなく、付近にはこの王様の本本店、ブック宮丸金沢南店(金沢市八日市1-706)、勝木書店泉野店(金沢市泉野出町2-7)くらいしかなく、書架には専門書なんてほとんど並んでおらず、専門書は東京に出張したときにまとめ買いするか、Amazonで買うしかなかったのである。

上の3つの本屋の中でも、ここ2、3年は廃業した「王様の本」にはほとんど出かけてなかった。品揃えが悪すぎるのであった。比較的広い店内に、専門書がないのは仕方がないとしても、新書ブームだというのに、新書の並んでいる棚はほんのわずかであった。普通の書店だったら、岩波新書、中公新書、新潮新書、ちくま新書、光文社新書などが広い面積をとって並んでいるが、それぞれの新書が数点並んでいる程度だった。私の個人的な本棚の方が品揃えがよかったくらいである。

上の新聞記事にもあるけれど、東京都心にある書店に劣らない規模の大きな書店が最近、金沢市内近郊にも増えてきた。喜ばしい限りだ。いまじん大桑店(金沢市大桑地区)、明文堂金沢野々市店(野々市町中南部)、カボス野々市店(野々市町字三納)などなど。なぜか本屋らしくない名前の店が多いが、品揃えはなかなか充実している。石川県内でこんな専門書を買う人がいるのだろうかと思えるほどのマニアックな専門書まで並べてある。

岩波文庫と徳田秋声の追憶

いまじん大桑店は、専門書以外でもなかなかの品揃えで、岩波文庫の徳田秋声『仮装人物』なんていう本が平台に置いてあり、思わず手にとってしまった。奥付けを見ると第1刷が1956年、第4刷が2005年だから、50年近くかけて版を4回重ねていることになる。漢字は古い旧字体のままで、解説を書いているのが川端康成で、小林秀雄の批評まで引用してあった。言ってみれば復刻版だと思うが、岩波の本には基本的に絶版がないといい、長年版元品切れ状態だったのが、増刷されたというのが建前上の位置付けらしい。

徳田秋声泉鏡花、室生犀星とともに金沢の三文豪と称されている。徳田秋声は一般的には泉鏡花、室生犀星と比べると少し知名度が劣る気がしないでもないが、私が徳田秋声の名前に思い入れがあるのには理由がある。

中学校3年生のときだったが、文学に造詣が深く、俳句の世界でも有名な福本泰雅先生に現代国語を習っていた。自然主義文学とは、勧善懲悪の思想と異なるこういうもので云々と熱く語られた後、代表的作家として「徳田秋」と板書されたのである。そのときだけうっかり間違われたのだろう。そのまま夏休み前の期末試験で作家名を問う出題をされて、生徒はみんなそろって「徳田秋成」と解答したのだった。福本先生は、全員そろって間違えたことに驚かれたのだろう。試験後、私の家に、授業で間違えて教えていたかどうか確認するための電話をかけてこられたのであった。

徳田秋声を徳田秋成と間違えて教えてしまったことによほど責任を感じられたのか、夏休み前のロングホームルームの時間に福本先生の時間が数分間取られ、「上田秋成という人がいてね、その人と間違えたんです。家に帰ったら、必ずノートを秋声に直しておいてください」

夏休みを迎える中学3年生に対する注意事項が唯一「徳田秋成ではなく徳田秋声」だったのを明瞭に記憶している。

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コメント

福本先生の教え子たちが活躍されています。
下記、ブログ参照ください。
http://banyahaiku.at.webry.info/200905/article_1.html

投稿: ハイク | 2010年6月 9日 (水) 20時34分

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