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2007年4月 8日 (日)

旧東京大学生産技術研究所と国立新美術館

本日(2007年4月8日)付けの朝日新聞天声人語。

 17枚の下書きで構図を固め、ピカソは真四角に近い大カンバスに向かった。1世紀前、1907年初夏のパリ。カーテンに絡んでポーズをとる5人の娼婦は、後に「アビニョンの娘たち」(ニューヨーク近代美術館蔵)と呼ばれる。写実にこだわらない、絵画革命の記念碑だ。画家はスペインを出て3年、25歳だった。

 当時の、ベルエポック(麗しき時代)のパリは世界の若い才能を招きよせ、いい仕事をさせた。イタリアのモディリアーニは21歳で来た。ロシアから移住してきたシャガールは23歳。「一歩ごとに、あらゆるところで、街そのものが私の先生だった」と語っている。モディリアーニの隣部屋にやってきたのは26歳の藤田嗣治だ。

 仏ポンピドー・センターが所蔵する、パリで活躍した外国人芸術家の作品が東京・六本木に集まった。「異邦人(エトランジェ)たちのパリ」展(国立新美術館、5月7日まで)だ。

(後略)

 20世紀前半のパリは画家を輩出した。シャガールが「一歩ごとに、あらゆるところで、街そのものが私の先生だった」というほど、パリの街は素晴らしかったようである。私自身もパリを訪れたことがあるが、街全体が落ち着いた、いい雰囲気のきれいな街であった。あの雰囲気の街は日本にはないように思う。

 日本人観光客はあまり訪れないと言われていた、カルチェラタンというパリの学生街もいい雰囲気であった。狩人の歌に「カルチェラタンの空」というのがあったのだけれど、その歌のイメージ通りであった。この曲はNHKみんなの歌の中の一曲だったのだが、なぜかあまり有名でないようである(1986年前後によく流れていた)。

 パリに画家が集まったのと同じように、才能のある人間が同じ場所に集まって試行錯誤し、一流の仕事を成し遂げることが多いようである。例えば、池袋駅近くのトキワ荘というアパートには、手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、鈴木伸一といったそうそうたる面々が集結して、漫画界の梁山泊と化していた。同じように、戦前の理化学研究所も科学史に名を残す一流の科学者を輩出している。分野は違えど、こういう一流の人物を輩出する環境に何か共通点があるのか、前からの関心ごとである。

 上の天声人語に食いついたのには、もう一個、理由がある。「国立新美術館」である。どこにできたのだろうと思っていたら、東京大学生産技術研究所の跡地(港区六本木7-22-1)である。私は大学院の5年間をそこで過ごした

 東大生産技術研究所は、2001年に駒場リサーチキャンパスに移転を完了しているが、それまでは港区六本木7丁目という繁華街のど真ん中にあった。夕食などで大学院生が連なって、六本木の街に出ると明らかに違和感があった。浮いているというべきか。互いに面識がなくても、あの集団は研究所の面々に違いないと一目でわかったものである。六本木界隈を歩いている人は、防衛庁があることまでは知っていても、東大の研究所があることまでは知らないようで、汚い格好のあんたたちは何者なの?という目で見ている人が多かった。

 国立新美術館ができるというので解体されてしまったけれども、旧東大生産技術研究所の建物は1928年(昭和3年)に建てられた年代物で、元々は陸軍第一師団歩兵第三連隊兵舎として使用されていたものである。建てられたのが関東大震災(1923年)の後で、とにかく地震に強いものをという設計だったのか、使用されている壁や床のコンクリートが妙に分厚かった。私の個人的印象では、これもまた解体されてしまった旧東大駒場寮(昭和10年築の旧制一高の寮を引き継ぐ)に、よく似ていた。旧東大生産技術研究所は、鉄筋コンクリート3階建だが建物を上から見ると数字の8の形をした妙な構造だった。軍事的理由でそういう構造にしたのか今もって謎である。当時の基準では最高水準でもさすがに70年以上経つと老朽化が進み、アルカリ骨材反応によるものと思われる網目状のひび割れがいたるところに現れていた。ああなってしまうとさすがに建てかえるしかないのだろう。

 旧東大生産技術研究所の建物は、226事件で青年将校ら反乱軍が出発した場所としても有名だった。同研究所に所属した者の中には、この場所で将校らが自決したと伝える者がいるが、不正確なように思う(資料を確認しないとよくわからないが多分間違い)。全くの余談だが、それで生産技術研究所には毎年2月26日に軍服を着た幽霊が出るという噂があった。軍靴の足音が聞こえるだとか、踊り場にある蛍光灯が揺れ出して止まらなくなるだとか、椅子に横になっていると軍人に体をたたかれただの・・・。気味悪がる人が多く、職員は2月26日は早々に引き上げる人がほとんどだった。しかし、2月26日といえば大学院生にとっては修士論文などの仕上げにめちゃくちゃ忙しい時期である。私は2月26日深夜に残って作業していたところ、どこからか本当に軍歌が聞こえる。不審に思って、元をたどると階下のY研究室で、なぜかラジカセで軍歌をかけていたのである。肝試しをしていたらしい。人騒がせなことを・・・。

 敷地内には東大物性研究所と生産技術研究所の両方があったのだが、物性研究所の前にきれいな桜の木が一本立っていた。この桜の木は見事な花を毎年咲かせるのだったが、なぜか毎年、桜の開花予想よりも一月程度早く咲いていた。そういう早咲きの桜なのだろうけど、これに関しても都市伝説めいた話がいろいろ面白おかしく伝えられていたのであった。あまり無責任なことは書けないので都市伝説とだけ書いておく。

 この建物は戦後、米軍に接収された後、半分ほどが返還されて、旧東大生産技術研究所となったのだが、残りの半分は米軍へリポートとして今でも使用されている。軍事用のヘリコプターがすぐそばに着陸してくるのはなんとも言えぬ凄い迫力であった。境界にある鉄条網には禁止事項とともに「日本の法律により罰せられます」と書いてあった。なんでも研究所側の敷地からビール瓶を投げ込む輩がいたらしく、境界の夜間の照明が明るくなったのである(米軍側から照らされるようになった)。

 真田広之と桜井幸子が主演した「高校教師」というTBS系テレビドラマ(1993年)があったのだけれど、旧東大生産技術研究所の建物はこのロケにも一部使用された。ある日、私が研究所に行くと、入り口の看板が「家庭裁判所」に変わっていた。中に入ると、公衆電話が反対向きに置かれていた。後でわかったが、これはセットで、間違って使用されないためにである。横を見ると折りたたみのパイプ椅子に小汚いおっさんが座っていた。よく見ると赤井英和であった。俳優というものはもう少しきれいなオーラを出しているものかと思ったが、ごく普通のおっさんだった。松葉杖を付きながら歩く子役も側にいた。このロケは、赤井英和がどこかに電話した後、家庭裁判所の前で父子が別れるシーンの撮影だったようである。ストーリーの本流から外れるのでこのシーンは記憶していない人が多いような気がする。

 防衛庁(現防衛省)もほぼ同時期(2000年)に六本木から市谷に移転して、跡地が「東京ミッドタウン」になったのだが、昼ごはんを食べによく旧防衛庁に出かけたものである。防衛庁には食堂と売店があり、近隣の人が売店を使うことは認められていた。食堂は防衛庁に用事がある人は使用することが認められていたから、「防衛庁の売店を使うという用事のついでに食堂を使う」ことが容認されていたのであった。庁内に入るときには入り口で紙を書くのだが、行き先には「売店」と記入して、「食堂」と書かないところがポイントであった。はっきりいって、研究所内にある生協食堂より、防衛庁食堂の方がおいしかったのである。ランチが500円だったが、使っている食材がかなり良いものであった。防衛庁は結構、便利だったが、地下鉄サリン事件以降、セキュリティが厳しくなり、部外者は防衛庁に入れなくなってしまった。逆に防衛庁の人たちは、体が資本なのか、昼休みには軽装に着替えて、我々の研究所のぐるりをランニングしている人が多かった。

 私は六本木近辺に行く機会があると、必ずラーメン屋の天鳳(てんほう)に立ち寄る。東京ミッドタウンの向かいである。あそこのラーメンは、あそこでしか出せないなんとも言えないうまい味だ。いろいろなラーメン屋を巡ったが、あそこと同じ味には出会ったことがない。めんかたく、油おおく、塩気多くという組み合わせの一三五を食するのが悦楽である。毎日食べたら体に悪い気もするが、あれをおいしいと感じているうちが健康なんだろうなと思うようにしている。

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