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2007年5月29日 (火)

電子顕微鏡でシャープペンシルの芯を見る

走査型電子顕微鏡(SEM)を使おうと、学生数名と出向いたら、SEMは使えたが、試料の前処理に必要なスパッタ装置が故障していた。

2006年9月7日付の『電子顕微鏡と三菱鉛筆』にも書いたが、電子顕微鏡で試料を観察するには、原則として試料に導電性(電気を通す性質)を持たせる必要がある。そのために、試料表面に薄く炭素を蒸着するのがスパッタ装置である。炭素の原料としては、三菱鉛筆のシャープペンシルの芯Bを用いる。

スパッタ装置が壊れてて、目的の試料が測定できなかったので、今回は、仕方なく、SEMのトレーニングとして、シャープペンシルの芯を観察してみた。芯は電気を通すので、炭素蒸着は必要ない。もともとは、炭素蒸着源とするために持っていたものである。

下はuni B 0.5mm (40本定価200円のタイプ)。下部に孔が見えるのは試料を貼り付けるためのテープで、上部に円柱状に見えるのがシャープペンシルの芯である。右が倍率を上げたもの。

Uni_2

さらに下は、Hi-uni B 0.5mm (40本定価300円の高級タイプ)。

Hiuni

断面の様子が全く違っているのであった。100円の差は大きい。SEMの練習として撮影したので、断面の出し方(切断し方)によって若干、見え方が違っている可能性はある。

シャープペンシルの芯は、層状構造の黒鉛(グラファイト)でできているのだが、芯に平行な形で、層がこんなにきれいにそろっているとは意外であった。こんなところにトップブランド、ハイユニの技術があるのだろうか。世界で一番滑らかな鉛筆と言われているだけのことはある。

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2007年5月20日 (日)

ウェットティッシュとおしりふきの成分

我が家には生後6ヶ月の赤ん坊がいて、市販の使い捨て「手・口まわりのウェットティッシュ」、「おしりふき」を愛用している。下記では、愛用中で手元にあるユニチャームの商品を取りあげたけれども、どこの会社の商品も似たようなものと思う。

鼻をつく臭いが気になり、成分表示を調べたところ

F_01 ムーニーキッズ 手・口まわりのウェットティッシュ(発売元 ユニ・チャーム株式会社)

主な成分:プロピレングリコール、パラベン、塩化セチルピリジニウム

E_02 やわらか素材ムーニーおしりふき(発売元 ユニ・チャーム株式会社)

成分:水、PG、メチルパラベン、エチルパラベン、プロピルパラベン、セチルピリジニウムクロリド

であった。

この「手・口まわり用」のウェットティッシュと、「おしりふき用」では成分が違えてあるのかと思ったが、実はこれは同じである。なぜか同じ物質を添加しているのに表示名だけ微妙に変えてある

PGはプロピレングリコールのことであり、塩化セチルピリジニウムはセチルピリジニウムクロリドと同じである。パラベンはパラオキシ安息香酸エステルの総称で、メチルパラベン、エチルパラベン、プロピルパラベンなどがある。

この表示を見比べると、別の物質を使用しているのと誤解しそうである。家人もそうで、おしりふき用はやっぱり成分が多いと言っていた。

なぜ微妙に成分表示が変えてあるのかは不明であるが、同じ会社の出す類似用途の商品なのだから、化学用語くらい統一してもらいたいものだ。

プロピレングリコール(PG)は保湿剤である。皮膚になじみやすいので化粧品などに添加されているが、赤ちゃん用のウェットティッシュは別に皮膚になじむ必要はないので(水で拭ければ十分)、添加されている理由は、おそらくウェットティッシュの乾燥を防ぐためであろう。

パラベン(メチルパラベン、エチルパラベン、プロピルパラベンなど)は防腐剤。水で濡らしただけのティッシュならすぐにカビが生えるが、パラベンはそれを防ぐ。

塩化セチルピリジニウム(セチルピリジニウムクロリド、CMC)は殺菌剤、防カビ剤である。ウェットティッシュで拭いたときに、この成分が唯一、殺菌作用をもつ。日本薬局方外医薬品であり、歯磨き、うがい薬、トローチなどにも添加されている。急性毒性は、マウスの半数致死量(経口)が体重1kg当たり200mgである。毒性は無視できず、おそらく微量に添加されているのであろう。塩化セチルピリジニウムは陽イオン界面活性剤であるが、陽イオン界面活性剤には毒性の高いものが多い。

手・口まわり用、おしりふき用を問わず、含まれている成分で、殺菌効果があるのは塩化セチルピリジニウムだけである。パラベンやプロピレングリコールは、乾燥、腐敗を防がなければならないという商品化目的のために添加されているもので、手、口、おしりを拭くという純粋な用途のためには必ずしも必要な成分ではない。

とはいうものの、パラベンやプロピレングリコールは気にするほどの毒性ではないし(気にする消費者は使わないように成分表示してあるのだろうけど)、水道水とティッシュで、ウェットティッシュを自作するのも不調法なので、市販のウェットティッシュを使い続けている。

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2007年5月13日 (日)

トランス脂肪酸(TFA)、「追放」への雑感

昭和の終わり頃は、「バターは動物性脂肪でカロリーが高く不健康なので、植物油で作った健康的なマーガリンを使いましょう」と言う人が多く、マーガリンの方が健康的なイメージをもっていた。最近は「バターは天然のものだが、マーガリンは人工的なもの。加工する過程で、マーガリンにはトランス脂肪酸が生ずるので、バターの方が健康的」という人が多い。

何が体に良くて、何が体に悪いかなどという科学的知見は微妙にころころ変わるので、リスクを分散させるために、偏食せず、できるだけいろんな種類のものをバランスよく摂取するのが一番である。マーガリンにしろ、バターにしろ大量摂取しなければ健康を害するものではない。

マーガリン、ショートニングなどの製造過程で生じ、同製品に含まれてしまうトランス脂肪酸(TFA、Trans Fatty Acid)の使用規制が欧米で始まっているらしい。

2007年5月13日付 日本経済新聞記事より引用

トランス脂肪酸、「追放」へ動く・米欧などで使用規制

 【ロサンゼルス=猪瀬聖】揚げ物や菓子などの食品に含まれ、心筋梗塞(こうそく)をはじめとする心臓疾患を引き起こすとされるトランス脂肪酸(TFA)を追放する動きが、米国を中心に広がっている。ニューヨークなどの大都市は今年から実質使用禁止に踏み切り、外食店なども対応を急ぐ。欧州やアジアも使用規制に動き始めた。日本では今のところ規制の動きはなく、消費者の間から対応の遅れを懸念する声も出ている。

 心臓病が死因1位の米国では、ニューヨーク市が7月からファストフード店を含む全レストランに対し、調理油やマーガリンなどに含まれるTFA量を一食あたり0.5グラム未満に抑えるよう義務づける。

トランス脂肪酸の「トランス」とは、有機化合物の構造を表す用語で、トランス(trans)型に対して、シス(cis)型がある。炭素・炭素間に二重結合があると、その結合を軸にしては回転できないので、分子式が同じでありながら、トランス型とシス型の二種類の構造が存在する。これを幾何異性体という。

天然の油脂には、なぜかシス型の脂肪酸しか含まれないのである。炭素数も天然の脂肪酸はなぜか偶数である(カルボキシル基の炭素を除くと奇数)。

シス型とトランス型、化学的にはどちらが安定かというと、トランス型のほうが少しだけ安定である(かさばるアルキル基がお互い遠い位置にあるのでエネルギーが低い)。だから、長期間、シス型を放置するとトランス型に変わることもあるし、シス型を加熱すると安定なトランス型に変化してしまう。マーガリンの製造工程では加熱、高圧下で水素を付加するし、食用油の製造過程でも加熱して加工することがあるので、マーガリン、ショートニングにはトランス脂肪酸が相当量含まれ、通常の食用油にもトランス脂肪酸がいくらか含まれている。特殊な加工をした食用油で、健康によいことをうたっているものもあるけれど、トランス脂肪酸の含有量という観点では、問題が指摘されている。

消費者が、いろいろな観点から商品を選べるように、トランス脂肪酸の含有量の表示くらいは、義務付ければよいと思う。トランス脂肪酸の含有量の測定などは難しいことではないだろう。

ちなみに、油脂(油、脂肪)には飽和脂肪(飽和油)と不飽和脂肪(不飽和油)があり、飽和脂肪が内臓に沈着しやすく、不飽和脂肪の方が体に良いといわれている。「不飽和」とは二重結合があるという意味であり、二重結合があるおかげで分解されやすいのである。分解されやすいから、変質しやすく(魚の油はすぐダメになる)、不飽和脂肪(不飽和油)は上で述べたように、変質しにくいように加工されてから、商品になる。そのときに生じるトランス脂肪酸は分類上、不飽和脂肪の一種である。

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2007年5月12日 (土)

MiniflexでRietveld解析はできるか

Xrd 私の研究室には小型の粉末X線回折装置(XRD)のMiniflex(ミニフレックス、リガク製)がある。机上に置いて測定でき、運ぼうと思えば、二人で運べる程度の大きさで、価格は数あるX線回折装置の中で最も安い。通常の粉末X線回折装置は、畳2つ分くらいのスペースが必要で、価格も一千万円は下らないが、Miniflexは数百万円である。

うちの研究室から数分歩けば、共用設備の普通のX線回折も使えるのだが、自分の部屋で測定する方が楽なのでMiniflexを使って、久しぶりにRietveld(リートベルト)解析をしようとした。久しぶりというのはどのくらい久しぶりというと、12年ぶりである。コンピュータやネット環境が進歩し、以前は高価なUNIXのワークステーションで行っていた作業が、簡単にパソコンで行えるようになっている。

Rietveld法というのはその名の通りRietveldが提案した方法(H. M. Rietveld, J. Appl. Crystallgr. 2, 65 (1969))で、粉末X線回折パターンのピーク位置だけではなく、全データを使って、結晶構造を解析する方法である。ピーク位置だけを見て、人が手計算しても、格子定数、結晶系、せいぜい空間群くらいまでしか出せないけれども、全パターンのデータを使用して、コンピュータに非線型最小二乗法で計算させると、原子位置、占有率などの構造パラメーターまで出せるという代物である(『粉末X線解析の実際 リートベルト法入門』(中井泉、泉富士夫編著、朝倉書店)参照 amazonへのリンク)。

Rietveld法のプログラムとしては、物質・材料研究機構の泉富士夫先生によるRIETANが超有名で、日本人でいることを幸運に感じるくらいである。RIETANは「リータン」と発音し、「リエタン」ではない。最新のRIETAN-2000では、拡張子がintのファイルにデータ、拡張子がinsのファイルに初期値など設定を入れて、DD2という名のバッチファイルにドラッグアンドドロップするだけで結果が出てくる。

そのリートベルト法をリガク製のミニフレックスで、標準試料として提供されているシリコンを測定して、まず装置関数を求めようとした。しかし、うまくいかなかったのであった・・・。

Riexrd 左の図にピークの一つを示す。青が実験値(観測データ)、赤が理論値(シミュレーション結果)である。フィットの良さを評価するR値を見ても、Rwp=12.57%、Re=7.44%、S = 1.6891である。Reが統計的な限界を 表すので、RwpはReに近いほど良い。SはRwpとReの比から求めるパラメータで、フィットが完璧だと1で、1.3より小さければOKなのだが、標準試料で1.6891とはつらい結果である。

構造のわかっていない未知試料を解析したのなら、S値1.6891ならまだ改善の余地もあるというところだが、標準試料のシリコンでこれとは・・・と頭を抱えていた。12年ぶりで何か忘れている感覚があるのではと、プロファイル関数を変えたり、100回ほど試行錯誤を繰り返したがS値は下がらない。

リガクに電話して聞いてみる。「ミニフレックスでリートベルト解析はできますか?」「詳しいものに聞いたところ、無理じゃないかと言っています。Kβ線が入ることと、可変スリットなのが理由です」

無理なのか・・・。RIETAN-2000には可変スリット用の設定もあるのだが、どうも無理らしい。そもそも上記の結果が無理であることを物語っているが・・・。しかし、外国の文献でRigaku Miniflexを使って、Rietveld Analysis を行ったという報告も見かけるので、詳細はよくわからない。もし、Miniflexでうまい具合に、Rietveld解析を行うノウハウをお持ちの方がいたら、ぜひご教示ください。

---------- 追記 ------------
呉藤様より、コメント頂きましたが、シリコンは角度の標準として適切ですが、強度の標準としては不適切のようです。このため、リートベルト法の標準試料としてシリコンは良くないようです。S値が下がらなかった要因は、Miniflexを使ったためと、シリコンを標準としたためと2つ考えられると言えそうです。
-----------------------------

それで、気を取り直して、ミニフレックスではなく標準的な粉末X線回折装置で測定しなおしたところ、別の標準試料(ルチル型酸化チタン)でS=1.01となった。

めでたし、めでたし。

ちなみに、私は陽電子消滅法とRietveld解析(X線回折の)の両方を経験したことのある数少ない研究者であるが、格子欠陥(原子空孔)の評価を行いたい場合は、それぞれに一長一短があるように思う。Rietveld法で、原子の占有率gから原子空孔を評価しようとする場合、試料がきれいで、かつ原子番号の大きい原子でないとかなり厳しいと思う。占有率gは原子変位パラメータBとの相関が強いので、Bがはっきりと確定されていないのに、gの収束値を信用してよいのかという話になる。水素原子の数をX線で決めようなんていうのは論外だが、タングステンぐらいだときれいなサンプルでやれるのではないだろうか。

一方、陽電子消滅法は、陽電子が正の電荷をもつので陽イオンの原子空孔を見るにはよいが、陰イオンの原子空孔は観測できるかどうかわからない。新しい試料で測定する場合、陽電子の寿命と、その寿命をもつ陽電子の成分割合から評価するので、何を見ているかわからないという結論に陥りかねない。試料ごとに何を見ているかということをはっきりさせて(方法論として確立してから)、格子欠陥などの評価に用いる必要があるという意見をよく聞く。陽電子消滅法の場合は単結晶の方が解析しやすいが、逆に、Rietveld法は粉末試料(多結晶)のためのものである。

(注 Kβ線は、放射線のβ線とは違います。X線です。同様に、Kα線も、α線ではなくX線です。誤解があったので念のため)

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2007年5月 6日 (日)

ジェットコースターの死亡事故についての雑感

2007年5月5日、大阪の遊園地「エキスポランド」で、6両編成のジェットコースターのうち2両目が脱線して大きく傾き、乗客の女性会社員が脇の鉄柵で頭を強く打って死亡する事故が起きた。

死亡事故を起こしたエキスポランドの幹部が記者会見で、「今後は金属疲労などを定期検査し、どれくらいの頻度で部品交換が必要か数値計算で明らかにしていきたい」と語っていた。これを聞いて正直、背筋が凍った。安全運行のための基礎データと思えるが、これまで全くやってきていなかったのである。ジェットコースターに限らず、どのような定期点検、部品交換を、どれくらいの頻度で行うと安全を保てるかといったノウハウは、安全運行に必要不可欠な基礎技術である。新幹線にしろ、新交通システムにしろ、その技術を確立して初めて営業運転が可能になるのである。記者会見を聞く限り、日本ではジェットコースターを安全に運行する技術が確立されているとはいえない

車両の設計を見ると、最後尾の車両以外は前方の左右2ヶ所に車輪があるだけである。鉄道車両のように前方と後方の左右4ヶ所を支えているのかと思っていたら、そうではないらしい。前方の車輪だけでは後方が引きずるようになってしまうが、それを連結部を通じて後ろ側の車両に任せてあるようだ。車輪は1ヶ所につき、レールを囲む形で上に2個、横に2個、下に1個である。この5個のセットを車両と固定する車軸(直径約50mm)が破断したのが、事故の直接的な原因である。折れた車軸は車輪の回転軸とは別の軸で、固定のためにだけ使用されている軸だ。

安全のための設計指針は、車軸の破断を想定するか、想定しないかで、まったく話が違ってくる。例えば、航空機の設計では、左右のエンジンのうち、片側が動かなくなることは想定してあるし、着陸時に前の車輪が出ないことも想定してある。ジェットコースターの設計時にどの程度の安全設計上の議論がなされて、どの程度のイレギュラーな出来事を想定するようになっているか不明で、そのような話を聞いたことがないので、おそらくそこまで議論されていないのではないかと推察される。

車軸の破断を想定するのであれば、一つの車軸が破断しても車両が傾いたり、脱落したりしないための設計が必要である。例えば、1両につき4ヶ所に車輪を装着し、1つが脱落しても安全に運行、あるいは停止できるようにする、もしくは連結部を強固にして、1両が脱落する状況となっても残りの車両で支えるなどである。

車軸の破断を想定しないのであれば、車軸の破断をあらかじめ防ぐために、定期的な非破壊検査、あるいは部品交換が必要になってくる。金属疲労は現状の定期検査で行われている目視や打音検査ではわからない

今回の事故でジェットコースターの監督官庁がエレベータなどの昇降機と同じく国土交通省であることをはじめて知った。そもそもジェットコースターのような遊園地の乗り物に関して、安全のための公的な技術基準が定められているのかどうか?業界に任せてあるのであれば、改めるべきであろう。ボルトの緩みがないか調べるといった当たり前の定期検査だけでなく、金属疲労などによる事故を未然に防ぐための定期検査、車輪やレールの磨耗状況、緊急ブレーキに関する具体的な技術基準、部品交換のガイドラインなどが必要になるのではと思う。

いずれにしろ、ジェットコースターの安全運行のための技術が未確立であることを、不幸にも死亡事故という形で露見してしまったといえる。亡くなられた方のご冥福をお祈りしたい。

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2007年5月 4日 (金)

福本先生の現代文の授業 -淳心学院の追憶

4月15日のブログ「王様の本」の営業停止と岩波文庫の徳田秋声に、徳田秋声の字を間違われた福本先生の思い出話を書いたのだけれど、授業中のミスの思い出だけでは先生に失礼なので、福本先生の授業の思い出をまとめて記したいと思う。

母校の淳心学院中学校・高等学校で、中学1年生と3年生のときに福本泰雅先生に現代文を習っていた。科目名は中1では「国語1」、中3では「現代国語」だったと思う。

母校では科目の種類が多く、中1のときは国語だけで国語1、国語2A、国語2Bと3科目あり、国語1、2Aが現代文、2Bが国文法だった。国語2A担当の浜崎先生が水原秋桜子の俳句を紹介したときに、「福本先生は水原秋桜子のお弟子さんやで。先生は俳句の世界で有名人で、もうじき教科書に先生の俳句が載るで」と付け加えられたのであった。「知らんかったー」と大騒ぎになる教室。福本先生が淳心学院の2期生であることもそのときに知った。自分達が28期生なので、26歳上ということは38歳であるということもわかった。38歳、38歳とそのときみんなで面白がっていたが、今年、私はちょうどその年齢である。26年の年月は重い。

同じ日に福本先生の国語1の授業があった。何かにやけながら教室に入ってこられた。「君たち、浜崎先生から何を聞いたんですか?」 「先生の俳句がもうじき教科書に載るって本当ですか?」 先生は笑い転げられた。「それは大げさに言っとってですわ

自分が水原秋桜子に師事したこと、俳号が「白泡」であること、自分の俳句が『歳時記』に収録されていることを説明された。誰か『歳時記』持ってる人いる?と聞くと、一人が手を挙げたが、載っているのとは出版社が違ったようである。『歳時記』を持っている中1がいるのにも驚いたが・・・。

先生の授業は面白おかしいだけでなく、学問的にも非常に興味深い授業で、もう一度聞いてみたい授業の一つである。文学に対する知識を、実体験として持たれている、そんな気にさせる授業であった。私は理系の道に進んだけれども、文学に対する興味を持たせてくれた。

先生の授業で覚えている事柄を以下に列記してみたい。今でもはっきり思い起こせる内容である。古いノートを見て書いているわけではない。

05896532 中1の夏休み、『ビルマの竪琴』(竹山道雄、新潮文庫)を全員に配布された。夏休みの宿題帳が配られ、すべて『ビルマの竪琴』の文章を素材にした問題であった。宿題帳の作成を印刷室で手伝って、お昼ごはん代として数百円もらったことを記憶している(お金払ったのは内緒にしてと言われたが、もう時効だろう)。この『ビルマの竪琴』は中1の夏に読むのに本当に適切な本だったと今でも思う。このことで文庫本を読むという習慣が、皆に身に付いた気がする。「宿題帳の問題、みんなやさしく感じたと思いますが、これはみんなが『ビルマの竪琴』を一冊読んだ後で問題をやっているからなんですよ」と言われた。国語の問題というのは、確かにそんなところがある。

「シェークスピアを読むときは、阿部知二さんの翻訳で読みなさいね」 授業で何度かさりげなくこういわれたが、シェークスピアに限らず、阿部知二訳の方が確かに日本語としてこなれていると思う。モームの『月と六ペンス』でも、冒頭部を新潮文庫版の中野好夫訳、岩波文庫版の阿部知二訳を読み比べると、阿部知二訳の方にひきつけられる。しかし、岩波文庫は2005年7月の版から、ISBNコードが同じまま『月と六ペンス』を行方昭夫訳に変えてしまった。ISBNコードくらい変えて欲しいと思うのだが。

夏目漱石の『こころ』を読んだことのある人は、大人になってからもう一度『こころ』を読み返してください。感じることが全然違うはずです」 これは深い言葉である。友人の自殺を経験することが、人生に対する認識を変えてしまうということか。余りにも深すぎる言葉であった。

「志賀直哉や芥川龍之介の小説は、銀のピンセットで作ったって言われてるほど、精緻な文章で作られてるんですよ」 そのせいか、この二人には短編が多い。中学生のときには愛読した。

「室生犀星が亡くなったときね。新聞には『巨星墜つ』って出たんですよ」 確かにうまい見出しである。物故したときの新聞の見出しまで、記憶されているのに驚いた。

「芥川龍之介が自殺する前にね。自殺未遂した女性のところに自殺の方法を訊きに行ってるんですよ。何を何錠飲んだから死ねなかった。何錠飲んだら死ねてたって。(女性はそれを小説の参考にするものだと思っていたが) そしたら言ったのと同じ方法で自殺したって、その女性が驚いてね・・・」 文学に造詣が深く、いろいろ資料を研究されているからできる話なんだと思う。

(教科書に載っていた川柳「泣きながら 良い方を取る 形見分け」を評して)「こんなこと川柳に詠まなくていいんですよ。形見分けをするところ横から見て詠んでるんですね」 本当に嫌な句だと吐き捨てるように、切って捨てた。確かに嫌な句である。

淳心学院は、OBである教育実習生を大勢受け入れていたのだが、普通は自分の担当教科の先生の授業を見学して参考にするものである。なぜか福本先生の授業は、国語教師を志す実習生だけでなく、数学、理科の教師を志す教育実習生までもが、見学にきていた。先生は「はじめは教科が違うからって断ろうとしたんですよ。そしたらお菓子持ってきてね。そのお菓子がおいしかったから(笑)」

私ももう一度受けてみたい。

福本先生に限らず、素晴らしい教師の授業というのは、書物と同じく文化的価値の高い国家的財産だと思う。アーカイブ化して保存するシステムがあればよいのにと考えることがある。

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2007年5月 3日 (木)

浦上幹子、あらため宇多川都のこと

Updh1007宇多川都(うたがわみやこ)という名の演歌歌手のポスターが貼ってあるのを見かけて、どこかで見たような顔だなーと、ずっと気になっていた。検索してみて、やっと誰だか思い出した。

以下は、小学生のときの思い出である。

5年生くらいのときだったと思う。F君と帰る方向が同じなので、よく一緒に下校していた。ある日、F君の友達だという2学年下の背の小さな女の子と合流して、3人で一緒に帰ることになった。彼女は確か小学校そばの団地に住んでいたと思う。F君が話を振ると、彼女はこう話した、「わたし、『ちびっこ歌まね』に出てんよ。八代亜紀歌って、チャンピオンになってん。先週、東京に行ってきた」 名前なんていうの?と聞くと、彼女は浦上幹子(うらがみみきこ)と答えた。

小学生が、このての話をすると作り話のことが多いけれども、えらく話が具体的だったので、本当かなと思い、気に留めていた。その1ヶ月ほど後、サンテレビで放映されていた『ちびっこ歌まね大賞』を見ていると、「姫路市の浦上幹子ちゃん」が本当に優勝して、トロフィーをもらっていたのだった。やっぱり本当だったんだと改めてびっくりした。紫っぽいドレスを着ていたのを今でも覚えている。

歌唱力には定評があったようである。玄人受けするというか、とにかくプロの審査員が絶賛する。毎日放送で日曜の午後に放送されていた『素人名人会』にも出場して、歌の審査担当のあの歯に衣着せぬ大久保怜さんまでもがべた褒めしていたのだった。

Uragami 1986年4月、私が高校3年生のときだったが、彼女は地元の公立中学校を卒業し、堀越学園高校に進んで、歌手デビューした。彼女が素人のときに出た番組のゲストに森進一が来ていて、その低音域の歌唱力に惚れ込んで、自分の事務所にスカウトしたという。デビューは本名の浦上幹子でだった。デビュー曲『KUMIKO』はそれなりに売れた。サビの部分の「♪KUMIKO なぜ黙ってるの KUMIKO 私そんなにお喋りじゃないわ」を覚えている人も多いと思う。

KUMIKOの後は、ゴールデンタイムの演歌番組で、浦上裕里子(うらがみゆりこ)と名を変えて、和服で出ているのを見たことがある。その後、浦上幹子(うらがみみきこ)、浦上裕里子(うらがみゆりこ)、宇多川都(うたがわみやこ)、MiYAKO、KIKO、大浦来妃(おおうらきこ)、そして再び宇多川都と改名を繰り返して、現在に至るらしい。

最近は『圭子の夢は夜開く』という曲をカバーしているが、彼女の声によく合う歌である。今でも歌手活動されていることと思う。彼女へエールを送りたい。

宇多川都オフィシャルサイト

オフィシャルサイトでは姫路市立荒川小学校出身となっているが、上のエピソードは姫路市立城陽小学校でのことなので、途中で引っ越したものと思う。

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2007年5月 1日 (火)

手品の種をどう保護するか -硬貨の違法加工事件に関連して

2006年11月に、たばこが硬貨を貫通する仕掛けのギミックコインを作るために、硬貨を違法加工したとして、大阪府の手品用コイン製造業者が貨幣損傷等取締法違反容疑で逮捕される事件があった。

言うまでもないが、日本の硬貨は加工することが法律で禁止されている。テレビで10円玉や100円玉にたばこが貫通するマジックを見たとき、大多数の視聴者は日本の法律では硬貨は変造できないのだから、テレビで放映している以上、硬貨に孔を開ける以外のすばらしい種が存在するに違いないと思っていたはずである。私もその一人で、テレビカメラにトリックがないと無理だなくらいに考えていた。

何のことはない、孔を開けた硬貨を種に使っていたのであった。大道芸でやるのならお目こぼしもあるかも知れないが、テレビでそんなものを使っていたのなら検挙されて当然だろう。このような種は、視聴者を欺くものだと思う。孔を開けたコインを種に使うのなら、マジシャンのテクニックとしては、観客から提供してもらったコインを、仕掛けのあるコインにうまい具合にすりかえるところだけになってしまう。

で、この一件について、事件の後、色々とテレビ報道された。たばこが貫通するコインだけでなく、他の手品に使用するギミックコインの種を紹介したらしい。私はそのとき報道を見ていなかったので、ついでに紹介されたギミックコインが違法加工のものかどうかは知らない。

すると、今度は必要以上にテレビで種明かしをされたのが、営業妨害であるとして、全国のプロ、アマの手品師49人がテレビ朝日と日本テレビを相手取り、計198万円の損害賠償と謝罪放送を求めて、東京地裁に提訴したのである。(2007年5月1日)

毎日新聞   「手品の種は手品師の共有財産で、法的に保護されるべきだ」と主張している。(中略)原告側は「報道は視聴率目当てで、ギミックコインの財産的価値が下がった。コイン手品がやりにくくなり、手品師としての名誉も傷つけられた」と主張。原告代表でプロ手品師の藤山新太郎さん(52)は「テレビ局は種明かし番組を繰り返し、抗議してもいたちごっこだ」と話した。

読売新聞  原告側は「犯罪報道の域を超えるもので、奇術師全体の共有財産が侵害された」などと主張している。

朝日新聞  原告側は「手品の種は共有財産。保護の必要性を訴えていきたい」と訴えている。(中略)手品の種の著作権については文章の形で記述したり、特許申請をしたりするなどして保護しようという試みがある。しかし、コインを使うような古い種は大半が知的財産権の保護期間を過ぎ、保護は困難なのが実情という

日経新聞  「犯罪報道に種明かしの必要性はなく、マジシャンが共有する『種』という財産的価値を侵害した」と主張。原告1人あたり3万円の慰謝料とマジック用コインの購入価格の7割の賠償を求めた。 (中略)原告団代表でプロマジシャンの藤山新太郎さん(52)は「マジシャンが種を作り、仕事に結びつけるまで何年もかかる。興味本位の報道で種明かしをしたのは許せない」と述べた。

本題の手品の種をどう保護するか、つまりどうやって手品の種の秘密を守るかであるが、現行法では、手品の種をばらしても、罪には問われない。ただし、「手品の種をばらさないこと」などの契約を交わしていれば、契約違反で損害賠償を求めることはできる。

気になるのは朝日新聞だけが書いている手品の種の著作権については文章の形で記述したり、特許申請をしたりするなどして保護しようという試みがある」対策としては、的外れである。

著作権はアイデアを保護するものではないので、文章の形で記述したところで、その文章を丸写ししたり、コピーして配ったりしない限り、著作権侵害には問えない。記述してある文章を読んでアイデアを理解し、そのアイデア(手品の種)をばらしたとしても著作権侵害にはならない。こんな行為が著作権侵害になるなら、本を読んで学習し、学習内容を人に伝える行為でさえ著作権侵害行為になってしまう。少なくとも、手品の種の秘密を守るためには不適当である。

特許申請(厳密には特許出願)だが、特許はアイデアを秘密にせず、公開することの代償として与えられる独占的な権利である。特許出願すれば、出願の1年6ヶ月後に出願内容は公開されてしまう。ただし特許が成立すれば、その種を使った手品は特許権利者に無断で実演できない。自分以外の同業者に、その手品を実演させないためには有効であるが、種の秘密を守るというのには不適当である。

手品の種は、保護されてしかるべき知的財産だと思うが、秘密を知られるとまずいと言うのであれば、商品を店で販売などせず、個別に秘密保持契約書を交わして、手品の種、手品用品を販売するしか方法はない。種をばらしたときは、契約違反で損害賠償を求めることができる。ただし、この場合でも、種を教えてもらっていない第三者が、手品の実演を見るだけで、自力で手品の種を知得したときには、種をもらされても文句は言えない。見ただけで、わかるような種が悪いともいえる。

そもそも手品の種を公的に保護するには、秘密にしなければならない内容自体を、秘密にするよう知らしめる必要があるという、自己矛盾を含んでいる。どこの会社でもそうだが同業他社に知られたくない技術上の秘密は、特許出願などせずノウハウの形で会社内に秘匿しておくのが普通である。知られてかまわない部分で独占したい部分は特許出願する。

いずれにしろ現状では、手品の種は秘匿するしか、保護の手段はないといえる。

少し視点はかわるが、訴えた額は198万円、訴訟相手はテレビ朝日と日本テレビの2局だから、1局あたり約100万円である。どれくらいの時間、報道やワイドショーで種を放送したのか知らないけれども、100万円くらいならギャラ相当額として支払ってもおかしくはない額であろう。金銭だけの問題ならである。

冒頭で、違法加工したコインを使うのは、違法加工を放映することがありえないと考えている視聴者を欺くものであると述べた。最近、外国人マジシャンのやるイリュージョン的な胴体切断マジックで、どう見ても、下半身がない身体障害者を使っているとしか思えないものが一部ある。映画『ケニー』(1987年)を彷彿とさせるものである。胴体切断後の上半身の動き、固有振動数的なものを見ていると、もともと上半身だけのようにしか見えないのである。細工のしにくい屋外で胴体切断後、両腕を使って、上半身だけですばやく動いている映像もあった。これは違法ではなく、人道的な面での議論である。これが私の大いなる勘違いで、何か別の素晴らしい種があるのなら、それはそれでよいのであるが・・・。

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