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2007年5月 1日 (火)

手品の種をどう保護するか -硬貨の違法加工事件に関連して

2006年11月に、たばこが硬貨を貫通する仕掛けのギミックコインを作るために、硬貨を違法加工したとして、大阪府の手品用コイン製造業者が貨幣損傷等取締法違反容疑で逮捕される事件があった。

言うまでもないが、日本の硬貨は加工することが法律で禁止されている。テレビで10円玉や100円玉にたばこが貫通するマジックを見たとき、大多数の視聴者は日本の法律では硬貨は変造できないのだから、テレビで放映している以上、硬貨に孔を開ける以外のすばらしい種が存在するに違いないと思っていたはずである。私もその一人で、テレビカメラにトリックがないと無理だなくらいに考えていた。

何のことはない、孔を開けた硬貨を種に使っていたのであった。大道芸でやるのならお目こぼしもあるかも知れないが、テレビでそんなものを使っていたのなら検挙されて当然だろう。このような種は、視聴者を欺くものだと思う。孔を開けたコインを種に使うのなら、マジシャンのテクニックとしては、観客から提供してもらったコインを、仕掛けのあるコインにうまい具合にすりかえるところだけになってしまう。

で、この一件について、事件の後、色々とテレビ報道された。たばこが貫通するコインだけでなく、他の手品に使用するギミックコインの種を紹介したらしい。私はそのとき報道を見ていなかったので、ついでに紹介されたギミックコインが違法加工のものかどうかは知らない。

すると、今度は必要以上にテレビで種明かしをされたのが、営業妨害であるとして、全国のプロ、アマの手品師49人がテレビ朝日と日本テレビを相手取り、計198万円の損害賠償と謝罪放送を求めて、東京地裁に提訴したのである。(2007年5月1日)

毎日新聞   「手品の種は手品師の共有財産で、法的に保護されるべきだ」と主張している。(中略)原告側は「報道は視聴率目当てで、ギミックコインの財産的価値が下がった。コイン手品がやりにくくなり、手品師としての名誉も傷つけられた」と主張。原告代表でプロ手品師の藤山新太郎さん(52)は「テレビ局は種明かし番組を繰り返し、抗議してもいたちごっこだ」と話した。

読売新聞  原告側は「犯罪報道の域を超えるもので、奇術師全体の共有財産が侵害された」などと主張している。

朝日新聞  原告側は「手品の種は共有財産。保護の必要性を訴えていきたい」と訴えている。(中略)手品の種の著作権については文章の形で記述したり、特許申請をしたりするなどして保護しようという試みがある。しかし、コインを使うような古い種は大半が知的財産権の保護期間を過ぎ、保護は困難なのが実情という

日経新聞  「犯罪報道に種明かしの必要性はなく、マジシャンが共有する『種』という財産的価値を侵害した」と主張。原告1人あたり3万円の慰謝料とマジック用コインの購入価格の7割の賠償を求めた。 (中略)原告団代表でプロマジシャンの藤山新太郎さん(52)は「マジシャンが種を作り、仕事に結びつけるまで何年もかかる。興味本位の報道で種明かしをしたのは許せない」と述べた。

本題の手品の種をどう保護するか、つまりどうやって手品の種の秘密を守るかであるが、現行法では、手品の種をばらしても、罪には問われない。ただし、「手品の種をばらさないこと」などの契約を交わしていれば、契約違反で損害賠償を求めることはできる。

気になるのは朝日新聞だけが書いている手品の種の著作権については文章の形で記述したり、特許申請をしたりするなどして保護しようという試みがある」対策としては、的外れである。

著作権はアイデアを保護するものではないので、文章の形で記述したところで、その文章を丸写ししたり、コピーして配ったりしない限り、著作権侵害には問えない。記述してある文章を読んでアイデアを理解し、そのアイデア(手品の種)をばらしたとしても著作権侵害にはならない。こんな行為が著作権侵害になるなら、本を読んで学習し、学習内容を人に伝える行為でさえ著作権侵害行為になってしまう。少なくとも、手品の種の秘密を守るためには不適当である。

特許申請(厳密には特許出願)だが、特許はアイデアを秘密にせず、公開することの代償として与えられる独占的な権利である。特許出願すれば、出願の1年6ヶ月後に出願内容は公開されてしまう。ただし特許が成立すれば、その種を使った手品は特許権利者に無断で実演できない。自分以外の同業者に、その手品を実演させないためには有効であるが、種の秘密を守るというのには不適当である。

手品の種は、保護されてしかるべき知的財産だと思うが、秘密を知られるとまずいと言うのであれば、商品を店で販売などせず、個別に秘密保持契約書を交わして、手品の種、手品用品を販売するしか方法はない。種をばらしたときは、契約違反で損害賠償を求めることができる。ただし、この場合でも、種を教えてもらっていない第三者が、手品の実演を見るだけで、自力で手品の種を知得したときには、種をもらされても文句は言えない。見ただけで、わかるような種が悪いともいえる。

そもそも手品の種を公的に保護するには、秘密にしなければならない内容自体を、秘密にするよう知らしめる必要があるという、自己矛盾を含んでいる。どこの会社でもそうだが同業他社に知られたくない技術上の秘密は、特許出願などせずノウハウの形で会社内に秘匿しておくのが普通である。知られてかまわない部分で独占したい部分は特許出願する。

いずれにしろ現状では、手品の種は秘匿するしか、保護の手段はないといえる。

少し視点はかわるが、訴えた額は198万円、訴訟相手はテレビ朝日と日本テレビの2局だから、1局あたり約100万円である。どれくらいの時間、報道やワイドショーで種を放送したのか知らないけれども、100万円くらいならギャラ相当額として支払ってもおかしくはない額であろう。金銭だけの問題ならである。

冒頭で、違法加工したコインを使うのは、違法加工を放映することがありえないと考えている視聴者を欺くものであると述べた。最近、外国人マジシャンのやるイリュージョン的な胴体切断マジックで、どう見ても、下半身がない身体障害者を使っているとしか思えないものが一部ある。映画『ケニー』(1987年)を彷彿とさせるものである。胴体切断後の上半身の動き、固有振動数的なものを見ていると、もともと上半身だけのようにしか見えないのである。細工のしにくい屋外で胴体切断後、両腕を使って、上半身だけですばやく動いている映像もあった。これは違法ではなく、人道的な面での議論である。これが私の大いなる勘違いで、何か別の素晴らしい種があるのなら、それはそれでよいのであるが・・・。

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コメント

契約がない場合でも、不正競争防止法(2条1項4号~9号等)による救済の道はありそうですね。

投稿: ohironz | 2007年5月 2日 (水) 22時46分

 今回の裁判は著作権の侵害ではなく,財産権についてです。もうすこし裁判内容をよく理解された方がよいのでは?
 また,下半身のない身体障害者を使用するようなイリュージョンはありません。手品をあまり知らないようですね。

投稿: chiaki | 2007年5月 3日 (木) 00時27分

ohironz様、確かに不正競争防止法という手がありますね。でも、この場合に限って言えば、市販されているマジックの種を放映したというケースなので、営業秘密ととらえるのは難しい気がしないでもありません。

chiaki様、おっしゃるように裁判は財産権の侵害ですね。でも、今回のケースで、財産権の侵害は認められないだろうと勝手に判断して、別の論を進めました。裁判の行方を見守りたいと思います。判例を作ってほしいけど、途中で和解するんでしょうね。多分。

下半身のない障害者を使用するマジックですが、下記のリンク先の映像をご覧ください。これ以上はなにも言いません。
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=96639

投稿: Tsuyumoto | 2007年5月 3日 (木) 09時46分

仰るとおりですね。今回のケースについては難しいようです。
http://d.hatena.ne.jp/patent_etc/20070502/1178113728

投稿: ohironz | 2007年5月 3日 (木) 10時43分


法律には詳しくはありませんが 別の視点を提供させていただきます。
イリュージョン等は別として カード コイン等を用いる「クロースアップマジック」については、現代の最先端のトリック 古典的なマジックも含めて ほぼ100パーセント 解説を入手可能です。日本だけでも相当数のマジックショップがります。アメリカのショップも含めて ほぼすべてが
HPを持っていて 誰でもネット購入可能です。書籍 道具 レクチャー用のDVD,、形は様々ですが、ほぼ100パーセントのマジックの解説を入手可能です。(アメリカの解説書やDVDは英語が出来なければ 理解
不能ですが)
また、すぐれたマジック書を出している東京堂出版の「カードマジック事典」「コインマジック事典」「世界のコインマジック」などの優秀な解説書は、一般書店で購入できます(大書店にしか置いてありませんが)。

ですからマジックのトリックは公開されているわけです。
ただ、テレビなどでのタネの公開は マジックを習得する意思が無く興味本位でタネだけ知りたいと言う言う人も多いので 差し控えた方が良いのです。

「森羅万象ドットコム」というHPのリンクをたどれば、ほぼ全てのマジック
ショップにアクセス可能で、ほとんどのマジックの解説が誰でも入手可能だ、ということがわかると思います。

ただこの問題は法律に訴えるよりも、マジック界の方で「マジックを習得
したい人には広く門戸は開放されています。ただテレビなどでの公開は
こういう事情でマズイのです」ということを条理を尽くして啓蒙することに
よってしか解決しないと思います。

↑から とりあえず こういう原則を作ってみました

原則 テレビ・ネット等でのマジックのトリックの公開は、それ以外の
    方法を以ってしては、マジックの習得を希望する一般の人が
    マジックの習得が不可能である場合にのみ 認められる。

いかがでしょうかねえ?まあとにかく、 マジックを演じる側も
裁判をするかどうかはともかく、もっと説明能力を身に着ける
必要があります。
僕は下手ですが、一応アマチュアマジシャンです。

長々と失礼いたしました

投稿: いちプロ | 2007年9月12日 (水) 13時18分

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ギミックコインの製造方法とは?マジックで使うギミックコインを所持していた場合には法律的にはどうなるのか... [続きを読む]

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