« 浦上幹子、あらため宇多川都のこと | トップページ | ジェットコースターの死亡事故についての雑感 »

2007年5月 4日 (金)

福本先生の現代文の授業 -淳心学院の追憶

4月15日のブログ「王様の本」の営業停止と岩波文庫の徳田秋声に、徳田秋声の字を間違われた福本先生の思い出話を書いたのだけれど、授業中のミスの思い出だけでは先生に失礼なので、福本先生の授業の思い出をまとめて記したいと思う。

母校の淳心学院中学校・高等学校で、中学1年生と3年生のときに福本泰雅先生に現代文を習っていた。科目名は中1では「国語1」、中3では「現代国語」だったと思う。

母校では科目の種類が多く、中1のときは国語だけで国語1、国語2A、国語2Bと3科目あり、国語1、2Aが現代文、2Bが国文法だった。国語2A担当の浜崎先生が水原秋桜子の俳句を紹介したときに、「福本先生は水原秋桜子のお弟子さんやで。先生は俳句の世界で有名人で、もうじき教科書に先生の俳句が載るで」と付け加えられたのであった。「知らんかったー」と大騒ぎになる教室。福本先生が淳心学院の2期生であることもそのときに知った。自分達が28期生なので、26歳上ということは38歳であるということもわかった。38歳、38歳とそのときみんなで面白がっていたが、今年、私はちょうどその年齢である。26年の年月は重い。

同じ日に福本先生の国語1の授業があった。何かにやけながら教室に入ってこられた。「君たち、浜崎先生から何を聞いたんですか?」 「先生の俳句がもうじき教科書に載るって本当ですか?」 先生は笑い転げられた。「それは大げさに言っとってですわ

自分が水原秋桜子に師事したこと、俳号が「白泡」であること、自分の俳句が『歳時記』に収録されていることを説明された。誰か『歳時記』持ってる人いる?と聞くと、一人が手を挙げたが、載っているのとは出版社が違ったようである。『歳時記』を持っている中1がいるのにも驚いたが・・・。

先生の授業は面白おかしいだけでなく、学問的にも非常に興味深い授業で、もう一度聞いてみたい授業の一つである。文学に対する知識を、実体験として持たれている、そんな気にさせる授業であった。私は理系の道に進んだけれども、文学に対する興味を持たせてくれた。

先生の授業で覚えている事柄を以下に列記してみたい。今でもはっきり思い起こせる内容である。古いノートを見て書いているわけではない。

05896532 中1の夏休み、『ビルマの竪琴』(竹山道雄、新潮文庫)を全員に配布された。夏休みの宿題帳が配られ、すべて『ビルマの竪琴』の文章を素材にした問題であった。宿題帳の作成を印刷室で手伝って、お昼ごはん代として数百円もらったことを記憶している(お金払ったのは内緒にしてと言われたが、もう時効だろう)。この『ビルマの竪琴』は中1の夏に読むのに本当に適切な本だったと今でも思う。このことで文庫本を読むという習慣が、皆に身に付いた気がする。「宿題帳の問題、みんなやさしく感じたと思いますが、これはみんなが『ビルマの竪琴』を一冊読んだ後で問題をやっているからなんですよ」と言われた。国語の問題というのは、確かにそんなところがある。

「シェークスピアを読むときは、阿部知二さんの翻訳で読みなさいね」 授業で何度かさりげなくこういわれたが、シェークスピアに限らず、阿部知二訳の方が確かに日本語としてこなれていると思う。モームの『月と六ペンス』でも、冒頭部を新潮文庫版の中野好夫訳、岩波文庫版の阿部知二訳を読み比べると、阿部知二訳の方にひきつけられる。しかし、岩波文庫は2005年7月の版から、ISBNコードが同じまま『月と六ペンス』を行方昭夫訳に変えてしまった。ISBNコードくらい変えて欲しいと思うのだが。

夏目漱石の『こころ』を読んだことのある人は、大人になってからもう一度『こころ』を読み返してください。感じることが全然違うはずです」 これは深い言葉である。友人の自殺を経験することが、人生に対する認識を変えてしまうということか。余りにも深すぎる言葉であった。

「志賀直哉や芥川龍之介の小説は、銀のピンセットで作ったって言われてるほど、精緻な文章で作られてるんですよ」 そのせいか、この二人には短編が多い。中学生のときには愛読した。

「室生犀星が亡くなったときね。新聞には『巨星墜つ』って出たんですよ」 確かにうまい見出しである。物故したときの新聞の見出しまで、記憶されているのに驚いた。

「芥川龍之介が自殺する前にね。自殺未遂した女性のところに自殺の方法を訊きに行ってるんですよ。何を何錠飲んだから死ねなかった。何錠飲んだら死ねてたって。(女性はそれを小説の参考にするものだと思っていたが) そしたら言ったのと同じ方法で自殺したって、その女性が驚いてね・・・」 文学に造詣が深く、いろいろ資料を研究されているからできる話なんだと思う。

(教科書に載っていた川柳「泣きながら 良い方を取る 形見分け」を評して)「こんなこと川柳に詠まなくていいんですよ。形見分けをするところ横から見て詠んでるんですね」 本当に嫌な句だと吐き捨てるように、切って捨てた。確かに嫌な句である。

淳心学院は、OBである教育実習生を大勢受け入れていたのだが、普通は自分の担当教科の先生の授業を見学して参考にするものである。なぜか福本先生の授業は、国語教師を志す実習生だけでなく、数学、理科の教師を志す教育実習生までもが、見学にきていた。先生は「はじめは教科が違うからって断ろうとしたんですよ。そしたらお菓子持ってきてね。そのお菓子がおいしかったから(笑)」

私ももう一度受けてみたい。

福本先生に限らず、素晴らしい教師の授業というのは、書物と同じく文化的価値の高い国家的財産だと思う。アーカイブ化して保存するシステムがあればよいのにと考えることがある。

|

« 浦上幹子、あらため宇多川都のこと | トップページ | ジェットコースターの死亡事故についての雑感 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/187788/14948574

この記事へのトラックバック一覧です: 福本先生の現代文の授業 -淳心学院の追憶:

» 【日本で一番多い方法 [自殺の方法 ]
自殺について  一番多い死に方・・・楽な死にかたなど。  先日も農水大臣が首をつって死んでしまいましたね。 ! [続きを読む]

受信: 2007年5月29日 (火) 20時00分

« 浦上幹子、あらため宇多川都のこと | トップページ | ジェットコースターの死亡事故についての雑感 »