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2007年8月29日 (水)

バイオマスの有効利用 -エタノールを作って燃料にする

北陸地方でバイオマスの利用を進めようという話があって、先週土曜日と昨日と、立て続けに講演会があったので、参加してきた。以下はそのノート。黄色の背景の部分に記したのが講演のメモで、白い部分に書いたのが私の雑感である。ノートさせて頂いた講演者の方々に感謝致します。

■ 北陸木質バイオマス活用セミナー2007(平成19年8月25日、石川県産業展示館3号館、主催:北陸バイオマス発見活用協議会、後援:農林水産省北陸農政局、北國新聞社)

● 基調講演:「木質バイオマスのエネルギー利用」 金沢大学大学院自然科学研究科 森 茂 教授

バイオマスの定義・・・動植物から作られる再生可能な有機資源。例として、生ごみ、下水汚泥、稲わら、もみ殻、家畜排泄物、剪定枝、林地残材、建設発生木材など

歴史に学ぶべき

人が環境に与える影響には、良い影響と悪い影響がある。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」(ビスマルク)という有名な言葉がある。環境問題についても、「経験に学ぶ」ことにならないように、歴史を十分に学ぶべきである。

自然に対して、人為的な手を入れることが良いか悪いか議論されることがある。例えば、山にある竹林に人の手を入れず、自然に任せたまま放置して拡大させると、土砂災害の危険性が増す。このような場合に、竹林を手入れすることは人為的なことだが、環境には良い影響を与える。原野を開墾して、田畑にすることも、一般的には良い影響を与えるとされている(ケースバイケース)。

木材資源の価格の高い順

木材 > パルプ原料 > 燃料 > 堆肥 > 埋立処分

木材は、燃料として用いるよりも、木材やパルプとして用いる方が、高い価値を生み出す。木材やパルプ原料として使用できない廃材などに限定して、燃料にするのがよい。

エフェソス遺跡(トルコ)が滅びたのは、森林収奪が原因

栄えた古代文明が数多くあるが、これらが滅びたのは人為的な活動によって、自らの生存基盤が損なわれたためであると聞いたことがある。

外国では1立方メートル当たり200~250ドルの単価でバイオエタノールが製造できている。

エタノール1立方メートルは約790キログラムである。外国ではバイオエタノールがガソリンと十分、競合できる価格になっていると聞いて驚いた。

● 先進事例発表:「省エネルギーに寄与する木質バイオマス発電事業の紹介」 (株)明電舎 安井和之氏

NEDOとの共同研究。

木くずを乾留して、木ガス(もくガス)、タール、木酢液、木炭に変化させ、そのうち木ガスを使用して、ロータリーエンジンを回して、発電するシステムが紹介された。

乾留とは空気を供給せずに加熱することである。タールは乾留の燃料としても再利用される。タールと木酢液は、蒸留で分離するがその熱源にロータリーエンジンの廃熱を使用する(コージェネレーション)。

木ガスの成分

  CO2  12 %,  CO  21~24 %,  CH4  5 %,  H2  12~14 % 残りはN2

木くず、バーク(木の皮) 100 kg/h(含水率約20%)から

  発生ガス 100 Nm3/h、木炭 16 kg/h、木酢液・タール 40 L/h

  木ガスの発熱量 8400 kJ/Nm3

  発電電力 36 kW、熱供給量 243 MJ/h

ロータリーエンジンを使用している理由は、低発熱量のガスでもノッキング等を起こさずに使用できるから。

発電効率、発電出力はガスの流量によって異なる

  50 Nm3/hなら、発電効率17 %、発電出力 20kW

イニシャルコストは億円単位

この木くずをガス化(乾留)して作った木ガスで発電するシステムに関しては、エネルギー収支(投入した総エネルギー量と発電量の関係)などは、まだわかっていないようだ。研究途中での紹介なので、将来性などは未知数である。木(木のペレット)を燃やして、ボイラーを焚き、単純に火力発電をするシステムと比較して、どうかというところがネックになると思う。

■ ほくりく環境・バイオマス研究会設立総会・記念講演会(平成19年8月28日、金沢都ホテル、主催:北陸ものづくり創生協議会)

● 講演「木質バイオマスのエネルギー利用 -EU諸国の動向を踏まえて」 岐阜県立森林文化アカデミー学長 熊崎実氏

北欧は平坦地にある森が多い

オーストリアは日本と同様、森林は傾斜地にあり、日本の参考になる

森が平坦な場所にあるかどうかで、林業の効率が大きく変わってくる。日本はその点、不利である。文化にも大きな影響を与えている。北欧の森には妖精が住むが、日本の森には天狗が住む。

昔のように、薪をもやすのは効率が悪い・・・熱効率 10~15 % (不完全燃焼、炭化などのため)

木をチップ、ペレット化して燃やすと効率が大きく改善・・・熱効率 85~90 % (このチップ、ペレット化した木質燃料がヨーロッパで急速に伸びている)

木をガス化、液化して発電はあまり実用化されていないが、木質チップ、ペレットを燃焼させる発電はある。しかし、効率を考えると、発電はやめた方がいいという流れになっている。

効率は直接燃焼85~90 %、発酵させてエタノールに変えた場合40~50 %、発電に用いた場合25~30 %

オーストリアの家庭用木質ボイラの効率は、1980年に50~55 %だったが、2000年には90~95 %に飛躍的に改善。完全燃焼を達成したことが大きな理由。石油の価格が上昇したため、木材を燃料に使っても見合うようになった。

薪を細かく砕いてチップ化、ペレット化するだけで、燃焼効率が急上昇したという点は特筆すべきである。木のリサイクル、特に燃料として使用する際は、形態が重要ということだ。オーストリアと違って、日本にはチップ化する装置、チップ用ボイラーにあまり良いものがないそうだ。

● 講演 「バイオ燃料開発の現状」 産総研バイオマス研究センター 佐々木義之氏

バイオマスから燃料のエタノールを作る話。大変、面白い内容だった。

熱、光、運動、磁気、電気、原子核、重力、化学の8つのエネルギー形態のうち、実質必要なものは、熱、光、運動の3つのみ

考えたことはなかったが、確かにそうだ。我々が直接利用するエネルギーの形態は上の3つである。

コーンからエタノールを作るとき

コーン1キログラム(米国で17円)から、エタノール0.47リットル(市場価格26円)が生産できるので、ペイする(2007年7月現在)。

しかし、東京市場でコーンは1キロ27円、米は1キロ200円なので、今の状況では日本でペイしそうにない。

日本では今のところ農作物が高いから、諸外国のように農産物から作ったエタノールを燃料にするのは無理のようである。

木材からエタノールを作ろうとすると

コーンなどに比べて、収穫、輸送が困難で、粉砕が必要になり、セルロース以外の成分(リグニン)などを取り除かねばならない。また、セルロースをブドウ糖に変える反応は、コーンなどの食品をブドウ糖に変える反応に比べて難しい。

コーンなどの食品からエタノールを作る反応は、お酒を作る反応と同じだ。デンプン→ブドウ糖→エタノールは、人類がいちばん最初に制御した化学反応である。

しかし、セルロースはそうはいかない。セルロースを分解する酵素は人間が持っていないセルラーゼという酵素(シロアリの体内などにある)なのだが、これを使った反応制御はお酒を作る反応よりも技術を必要とする。

スギの丸太で 1キロ32円 程度の価格。エタノールの原料としてはペイしない。

廃木材、木くず、不要な紙などを使うのであれば、ペイする可能性はあるかもしれない。

● 講演 「全農のバイオエタノール構想」 全農 高梨文孝氏

今度は、日本のコメから、エタノールを作ってみたらという話。

原料とする玄米(超多収品種)を1キロ20円で購入するとすると、エタノール生産原価は1リットル114円となる。

エタノール製造プラントは、玄米15000トン/年、エタノール生産量6700キロリットル/年の規模を仮定した。玄米を1キロ20円で売ると農家は大赤字である。

エタノール生産原価の目標は27円/リットルなので、コメをかなり安く買ったとしても、エタノールは割高になってしまう。

コメの量を稼ぐ必要があるので、飼料用品種の「北陸193号」を栽培したところ、生産費は1キロ50~54円と試算された。でも、コーンの1キロ9円、規格外小麦の1キロ21円にはかなわない。

コメから、エタノールを製造して燃料にするのはかなり割高になるのは当然といえよう。コメ自体が高いからである。

石油の価格が今の2倍になったり、エタノール製造量が年10万キロリットル以上のような巨大プラントが作られたりすると、価格構造が変わってペイするようになるかも知れない。

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2007年8月27日 (月)

キダ・タロー作曲『アホの坂田』とメキシコ民謡の関係 -著作物の引用とは

先日のブログで「著作物の引用」について、述べた。実は、「著作物の引用」について、前から頭に引っかかっていたことがある。

「アホの坂田」(作曲 キダタロー、作詞 竹本浩三)という曲がある。昭和47年発売で、アホを売りにしていたコメディNo.1の坂田利夫をモチーフにした歌だ。

アホ! アホ! アホの坂田   
アホ! アホ! アホの坂田   
ア~ホの坂田~ ア~ホの坂田~ 
アホの坂田 アホの坂田   
アホの坂田 アホの坂田 
アホの坂田~

がサビの部分の歌詞である。当然ながら、全国の坂田さんから苦情が来るなどしたため、廃盤になったという。私もだいぶ幼い頃に聞いたので、一時期、坂田というとアホを連想してしまっていた。しかし、今でも吉本新喜劇で坂田利夫が登場するときには、この曲が流れている。

著作権の話は、この苦情の一件とは関係ない。

ことの発端は、この迷曲「アホの坂田」と同じメロディーが、リレハンメルオリンピックでのアイスホッケー、ノルウェー対ロシア戦の会場で流れていたことである。日本ではNHKで放映されて、「アホの坂田」を知っている人はあれっ?と思ったらしい。「アホの坂田」が国際的なヒット曲になるなんて、あり得ないのではと。

この疑問を持った視聴者が、朝日放送の『探偵ナイトスクープ』という番組に調査を依頼したところ、作曲者の盗作疑惑が持ち上がったのだが、同番組の中で、作曲者のキダタロー氏は

  • 「アホの坂田」は、メキシコ民謡のメキシカンハットダンスのメロディーを使った
  • これは「引用」であり、盗作とは違う

と主張したのであった。

これは、1994年6月24日に放送された「オリンピックの『アホの坂田』」というタイトルの巻で、私も見ていたが、かなり鮮明に内容を覚えている。

その番組内で

大阪音楽大学の先生に、2つの曲を聴いてもらったところ、「偶然に似てるという確率の方が高い」、「キダ・タローさんがどこかノルウェーの民謡か何かをパクった可能性もありますな」との意見であった。

ニュージャージー州出身の米国人に曲を聴かせると、「ベースボールゲームのときに流れる曲だ」と語っていた。

キダタロー氏は、この取材に対して、渋々、「アホの坂田」にメキシコ民謡「メキシカンハットダンス」のメロディーを使ったことを認めて、VTRの中でこう述べていた。

著名な人口に膾炙(かいしゃ)した世界的な名曲を引用した。パクリゆうたら、誰も知らんような曲を選び、それを下敷きにして、よく似せて書く。そのものやったらパクリでもなんでもない。俺の人生じゃ!

「探偵ナイトスクープ」は、視聴者の依頼に基づいた調査結果をVTRにまとめて流す番組なのだが、このときだけは異例で、VTRが終わった後、スタジオにキダタロー氏が登場し、こう弁解していた。

私はいいんですけれど、あのいっぱい(同じことをしている)私の同僚の作曲家がおりますので、局長もちょっと聞いてください。引用ということにつきまして、本当は引用というのは2つあります。

1つは例えばショパンの幻想即興曲を"I'm always changing rainbow"に歌詞だけ変えて、メロディーいっしょ。そういうのでヒットしたのもありますね。

もう1つの引用は、一部そっくりのメロディーを曲の中に使わせていただく。ものすごい好きな曲、私はメキシカンハットダンス。中南米の音楽がものすごい好きなんです。それで昔、あの進駐軍のバンドやっとったときに、メキシカンがしょっちゅう私のピアノのところに来て、♪ドゥドゥッドゥドゥッとやってたのを一生懸命まねしたんです。それが頭の中に残っとって、アホのアクセントと、きっちり一緒やからそれで使いました。4小節。その頭の部分は、あれだけやったら、知らない人がおるかもわからんから、ほとんどの人が知ってる♪タラララタラララ、あれを4小節わざわざ入れました。これが引用なんです。

私はこれを聞いて、狐につままれたような気がした。

小説家の世界で、芥川龍之介の『羅生門』が今昔物語集から、中島敦の『山月記』が人虎伝から材を得ているのは、公正な慣行に合致していると言ってよいと思う。作曲家の間では、これと同じような感覚で、著作権の切れた古い曲から「引用」する習慣があるということなのか。

引用する場合の出所表示はなされていないのだが、著作権法の48条には「著作物を利用する場合において、その出所を明示する慣行があるとき」に出所表示をする旨の規定があるので、作曲家の間で出所を明示する慣行がないのなら、出所表示しなくてよいということになる。

しかし、上に述べた、小説家の場合はストーリー展開に材を得ているだけで、文章はすべて自分で苦労して、創作した独自のものである。作曲家の場合は、そっくり一緒のメロディーを引用するわけだから、労力はだいぶ異なる。

しかも、著作権の切れた古い曲をそっくり「引用」して、新しい曲として発表した時点で、また新しい強力な著作権が作曲家に生じるのも理解に苦しむ点である。

独特の口調の天気予報で有名な福井敏雄さんが、このときのゲストだったのだが、「私、この年になって、今日はじめて、盗作と引用が違うということを知りました」と感想を述べていた。隣席の上岡龍太郎は「いや、あれは良く言うても盗作でしょう」とコメントを付け加えていたが。

キダタロー氏は、4小節の引用と繰り返し述べていたが、上に引用した歌詞の部分(イントロとその直後のサビっぽい部分)はすべて、メキシカンハットダンスのメロディーとそっくり同じであった(番組中で流されていた)。自分の曲に一部分だけ、民謡やクラシックから拝借することは、聞いたことがあるが、長い部分にわたって、そっくり同じというのは珍しい方だろう。

メキシカンハットダンス(メキシコ民謡)は著作権保護の対象期間を過ぎているし(著作権消滅)、作曲家の間では引用関係を明示する慣行がないようなので、この一件は、著作権法上、問題があるものではない。しかし、一般人の便宜、混乱を考えると、「原曲 メキシコ民謡」くらいの注釈があった方が良かったのではとも思う。

いま、最大の疑問点は、「アホの坂田」のサビのメロディーを上演する場合、「アホの坂田」ならJASRACに著作権料を支払う必要があるが、「メキシカンハットダンス」なら支払わなくてよいということである。同じメロディーなのにである。

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2007年8月24日 (金)

著作物の「引用」とは -著作権のノート

ものを書くようになってから、著作権のことを気にするようになった。

■ 「引用」とは何か

他人の著作物を、自分の著作物として公表することは「盗作」であり、違法行為である。しかし、他人の著作物を自分の著作物の中に「引用」することは、法律で認められた正当な権利である(著作権法32条)。

著作権法

(引用)
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
2 国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物は、説明の材料として新聞紙、雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし、これを禁止する旨の表示がある場合は、この限りでない。

引用」といっても、当然ながら他人の著作物を丸ごと転載して終わり、というような形式では「引用」だと認められない。

「引用」が認められるのは

  1. 他人の著作物を自分の著作物の中に持ってくる必然性がある。
  2. 自分の著作物と他人の著作物が明瞭に区別してある。
  3. 自分の著作物が「」で他人の著作物が「」である。
  4. (引用される著作物が)公表されている著作物である。
  5. 出所が明示されている。

の全条件に合致するときで、このときは著作権者からいちいち許可をとらなくても、他人の著作物を自分の著作物の中に引用することができる。

この条件にある主従関係や、必然性の判断が難しいのである。

■ 文章を「引用」

例えば、村上春樹の小説を数行、「引用」して、その後に批評文を記載した著作物は上記の正当な引用に当たり、問題になることはない(村上春樹の小説であることを明示することが必要。自分の小説にそれを明示せず、村上春樹の文章を数行転載することは「引用」ではない)。

研究者が自分の研究論文の中に、別の研究者の論文を引用することも問題ない。これは引用された側の研究者にとって名誉なこととされる。よい研究論文ほど、引用される回数が多くなると考えられているからである。

批評、研究などのための文章の引用はこれまで比較的自由に行われてきて、よりよい著作物の創出に役立ってきたと思う。著作権者から許可をとらなくていいというところが重要である。許可をとっていたら、批評などできないのだ。

■ 図や絵、漫画の「引用」

これが数年前までネックになっていた問題である。例えば、『ドラえもん』について解説、批評した出版物で、著作権者の許可をとっていないものは、『ドラえもん』の漫画(絵)を転載していない。漫画(絵)を転載することが、正当な引用に当たるかどうかあいまいだったからである。許可なく、漫画(絵)を引用している出版物はごく一部だったと思う。

で、そのごく一部の出版物にこんなのがあった。

『脱ゴーマニズム宣言 小林よしのりの「慰安婦」問題』である。小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』の漫画を一部引用したもので、タイトルから見てわかる通り、小林よしのりの活動姿勢、その漫画について批判、反論する内容だ。書名に小林よしのりの名が入っているが、本人は関係なく、もちろん許可は取っていない。小林よしのりの漫画が57カット引用されていたという。

小林よしのり側が裁判に訴えて、漫画の引用が、上記の正当な引用に当たるかどうかが争われたのであった(「脱ゴーマニズム宣言」事件)。詳しい結果は別冊ジュリスト157『著作権判例百選(第3版)』に掲載されている。(たまたま、訴えられた出版社側に大学時代の友人がいて、いろいろとよた話を聞いたりもした)

結局、判決は確定し、「批評のための漫画の引用は著作物の正当な引用に当たる」となった。ただしこの事件に関しては、カットを勝手に改変したところがあり、それについて同一性保持権の侵害に当たるとされた。

批評目的で漫画の引用ができる」という判決が確定したので、研究、批評目的で図、絵や漫画のカットを引用した出版物が増えるかと思ったら、今のところ、意外とそうでもないようである。

実はもう一つ、頭に入れておかなければいけない事件がある。「藤田嗣治絵画複製事件」である。こちらは学術論文中に批評目的で、藤田嗣治の絵画を引用して掲載したことが訴えられた事件である。判決は、掲載した絵画に鑑賞性があるので、引用は認められないというものだった。1985年の判決であるが、低解像度・モノクロ化などで鑑賞性を低下させないと、適法な引用にならないという内容であった。

これについて、北陸大学の大楽光江教授は上記別冊ジュリスト(2001年発行)の中で

しかし、デジタル複製技術の飛躍的進歩と普及により、一般大衆による複製物ですらその「鑑賞性」が著しく向上していることを考えると、低解像度・モノクロ化などで鑑賞性を低下させなければ適法引用は成り立たないとすることは今や実際的ではないのではないか。絵画の引用につき「鑑賞性」の不存在を求めることはもはや不適当であり、むしろ客観的必要性の判断に重心を移すべきであろう。

と藤田嗣治絵画複製事件の判決は、時代にそぐわないと意見を述べている。

■ 数値・データの引用

数値、データに著作物としての創作性はない。そもそも、「プランク定数が6.63×10^-34 Js」であるとか、「所沢のほうれん草が0.15 pg-TEQのダイオキシン類を含んでいた」などは、事実に過ぎず、著作物ではない。たとえダイオキシン類の分析に手間がかかっていてもである。だから、引用うんぬん以前の問題で、単なるデータ、数値は自分の著作物に使ってかまわない

■ 表の引用

表は数値・データを収集、取捨選択、整理し、著作者があれこれと考えて配列したものである。だから、著作物としての創作性があるとされている(判例の有無は知らないが、大手出版社Mのガイドラインにもそう書いてあった)。だから、表を他人の著作物から引用するときは、上記の引用条件に合致する必要がある。

トラブルを避けるためか、図・表を引用するとき、多くの出版社では引用許可を得てから、引用しているようだ。法律上は出所を示すなどして、上記条件に合致すればかまわないはずである。

■ ピントのずれたクレーム

おかしなことで、いちゃもんをつける人は存在する。

昔、『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』という漫画と映画があった。私は見ていないが、名前から、名作アラビアンナイトに材を得ていることが推測できる。これについて盗作だと騒いでいる人がいたが、こういうのはふつう盗作とは言わない。アラビアンナイトという誰もが知っている名作を元にして、自分のキャラクターに当てはめて、ストーリーをアレンジし、新しい著作物を作り上げているわけである。古い著作物を素材にした、新しい文化の創出といってもよいだろう。

上方落語に「胴切り」というネタがある。辻斬りに遭い、胴体を切断された男が、上半身と下半身に分かれて生き残り、上半身、下半身別々の生活をすると話。上半身が水を飲みすぎて、下半身が困るというのがオチである。同じオチの話がドラえもんにあった。『人間切断機』(てんとう虫コミックス10巻)である。作者の藤子F不二雄氏が、上方落語を知っていたかどうかにかかわらず、これも盗作とは言わない。しかし、盗作だとごちゃごちゃ言っていた人は存在する。見識がないのである。

芥川龍之介の『羅生門』は、今昔物語集を素材にしたものだし、中島敦の『山月記』も中国の『人虎伝』を元にしたものである。これらを盗作という人はまずいないと思う。古い著作物を元にして、新しい著作物をつくり、文化を創出する素晴らしい行為である。

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2007年8月22日 (水)

JAL123便墜落事故の追憶

1985年8月12日、私は理系に進路を決めた高校2年生の夏休みであった。

夕刻、自宅でNHK7時のニュースを見ていると、最後になって、羽田発大阪行きの日航ジャンボ機の「機影がレーダーから消えました」と、キャスターが原稿を読み上げたのである。機影がレーダーから消えたという事実だけを述べ、それが何を意味するか伝えない速報が事故の重大性を暗示し、不気味に感じたのを覚えている。高校生だった私はレーダーの故障じゃないのかなどと考えもしたが、レーダーの故障がニュースになるはずはなかった。

その後、NHKは臨時報道番組に切り替わり、他局もニュース速報を流していた。午後7時半頃の段階では「機影がレーダーから消えた」、「連絡を絶った」、「ジャンボ機が行方不明」など、墜落とも、不時着とも、空中分解とも言わぬ不気味なニュース速報であった。これでは意味するところがわからない。ハイジャックと誤解する人もいるだろう。しばらくして、NHKでは、最悪の場合、墜落が考えられます。どこかに不時着している可能性もありますと付け加えていた。

山に飛行機が墜落、炎上するのを見たという住民の通報、山の斜面が炎上しているという米軍の情報が集まるにつれて、各局の表現は「墜落」に変わっていった。

NHKの「ニュースセンター9時」では、日航が貼り出した乗客名をひとりひとり画面に映しながら、読み上げていた。手書きで書かれたカタカナの氏名、年齢、乗客509名、乗員15名である。長時間を要していた。乗客名を読み上げる作業を行っている途中、日航の記者会見があるというので、現場の記者が記者会見の方にカメラと音声を切り替えようとしたところ、キャスターの木村太郎氏が制したのを鮮明に覚えている。「視聴者の皆さんがいま一番お知りになりたいのは、誰が乗っていたのか、家族や友人が乗っていないかだと思いますので、乗客名簿の読み上げを続けてください」というようなことを指示していたと思う。

同日、深夜の段階では確かに「乗客乗員、全員絶望か」と報道していた。末尾に「」が付いているところが肝要である。実際には4名の生存者がいたのである・・・。奇跡的といわれていた。

翌日だったか、翌々日だったか、高校野球の試合中にも画面の一部(左端だったと思う)を使って、身元の判明した方の名前を映し出していた。

私はこの事故に大きな衝撃を受けた。操縦ミス以外でジャンボ機が墜落するというのが信じられなかったのである。この事故は色々な人に影を落としている。

科学史研究者の佐々木力氏は講談社学術文庫版『科学革命の歴史構造(上)』の冒頭をこんな文章ではじめている。

『科学革命の歴史構造(上)』(佐々木力著) 1995年10月発行の講談社学術文庫版への序文

 本書『科学革命の歴史構造』の初版の上巻は1985年7月10日に、そして下巻は同年8月14日に、岩波書店から刊行された。下巻を岩波書店の社屋で受け取って宮城県の郷里に旅立ったのは8月12日のことであったが、ちょうどその日の夕刻、あの日本航空の羽田を飛び立った大阪行きの国内便は墜落したのだった。そのような記憶が、この書物にはまとわりついているのである。

事故後しばらくして伝わってきたが、私の遠い親戚もこの事故で命を落とした。会ったことはないのだが、従姉妹の配偶者の叔父夫婦とその子息だから7親等~8親等ということになる。夏休みが明けると、同じようなことを言っている同級生は少なくなかった・・・。

事故の原因は、後部圧力隔壁が破壊し、引き続いて尾部胴体・垂直尾翼・操縦系統が損壊して、操縦不能になったこととされている。しかし、圧力隔壁が破壊したのなら、機内の急減圧があるはずだが、急減圧は起きていなかったという説が根強く、結局のところ腑に落ちないままである。

100%の安全は技術では達成できないと考えるべきなのか。

年が明けて、1986年1月28日にはスペースシャトルのチャレンジャー号が打ち上げ直後に爆発し、1986年4月26日には旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所が史上最悪の事故を起こした。

これら3つの事故は、理系を志す高校生だった私をずいぶん陰鬱にさせた。

高校で習う数学や物理は答えが一つ、間違うことはない。完璧な体系である。それを技術に応用するプロセスで、何らかの完璧でない部分が生じるのか。あるいは、人間はミスをするものだからなのか・・・。

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2007年8月21日 (火)

那覇空港の旅客機炎上事故

20日午前10時半頃、那覇空港で、台北発那覇行き中華航空120便ボーイング737-800型が着陸後、駐機場に着いたところ、エンジン付近から出火し、炎上、爆発するという事故が起こった。乗客乗員165名が無事、脱出できたのは不幸中の幸いであった。

炎上、爆発する映像を見てて、考えたこと。

ジェットエンジンに使用される航空機燃料(ジェット燃料)は国際標準規格で4種類に分類されていて、一般的な旅客機に使用されるものは、そのうち、JET-A1という引火点38℃以上のものである。日本の消防法では、危険物第4類第二石油類に区分され、危険等級は3である。ディーゼルエンジンに使う軽油、石油ストーブに使う灯油と同じ分類だ。ジェット燃料は灯油(ケロシン)とほぼ同じと考えてよいと思う。

引火点が38℃以上なので、ジェット燃料をビーカーに入れて、20~30℃の室温でライターの火を近づけても、火は付かない(ただし、ろうそくやアルコールランプのように芯になるものがあるときは例外で火が付く)。しかし、何らかの理由で、液温が引火点以上になれば、引火し炎上する。航空機のエンジン付近は当然ながら高温になっているだろうから、漏れた燃料に引火し、その発熱で燃料が次々に加温されて、引火点を超えて、炎上したのであろう。鍋にかけ続けた天ぷら油が急に炎上するように、発火点(約210℃)を超えたために、炎上したことも考えられる。

ジェット燃料は、ガソリン(引火点 -46℃)よりも炎上しにくいが(火の回りは遅いが)、一度、温度が上がってしまうと後は同じだ。

黒煙をあげていたが、これは燃料の量に比して、空気の供給が足りないために、不完全燃焼を起こし、すすを発生しているためである。

炎上の途中、機体中央部からぐにゃりと折れ曲がるようになっていたが、これは火災で機体の温度が上がって、材料としての強度(曲げ強度)が下がってしまったためである。材料の融点に達しなくても、温度が上がると、強度が著しく減ってしまうので、ああいうことが起こる。ちなみに建築に使用される鉄骨だと350℃で、強度が常温の3分の2くらいに低下してしまうことが知られている。鉄の融点は1500℃以上だが、それよりだいぶ低い温度で強度が出なくなってしまっているところが重要である。鉄骨作りの建物火災には注意が必要である。

一般に航空機事故の9割以上は、離陸後の3分間と着陸前の8分間に起こるとされ、魔の11分間(critical 11 minutes)と呼ばれている。私などは飛行機に乗ったとき、この11分間だけ緊張したりしているが、今回の事故は着陸後、シートベルト着用のサインが消えてから起こったそうである。普通ならやれやれ無事に着いたと安心する時間だ。

1985年のJAL123便墜落事故であるとか、2002年の中華航空機空中分解事故なども、離着陸前後ではなく、巡航中に起こっている。

魔の11分間以外に起こる事故は、パイロットの操縦ミスではなく、整備不良が主因である。何とか対策がとれないものか。

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2007年8月 3日 (金)

自分の論文の被引用回数を調べてみた

学術雑誌に発表した論文が、発表後に、どういう評価を受けたか。つまり素晴らしい研究か、そうでないかというようなことは、その論文が、別の論文に引用される回数(被引用回数)で、評価されることが多い。いい論文なら、その論文を参考にする研究者が多いから、被引用回数が多くなるはずだという考え方である。

前から、自分の発表した論文の被引用回数を調べたいと思っていたのだが、調べるには普通、Thomson Scientific社のScience Citation Index (SCI)を使う必要があり、これはカネがかかるので、やっていなかったのだった。

ひょんなことから、SCOPUSというデータベースでトライアルユーザーに登録すれば、30日間は被引用回数を無料で検索できることを知り、早速、調べてみた。このデータベースでは、自分が出願した日本の特許の題名まで、英訳して表示されていた。情報化社会はここまで来てるのか・・・。

自分がこれまでに学術雑誌に発表した原著論文(original paper)は34報。うち日本語の5報と、2006年以降に掲載されてまだデータがまとまっていない3報を除外した26報の被引用回数の合計は、236回であった。1報当たりの被引用回数の平均は9.1回だった。恥をしのんで書くが、被引用回数0回の論文が3報もあった・・・。最高回数は1996年のJ. Phys. Chem. Bの38回で、私の処女論文である1993年のSolid State Ionicsが意外と高く15回だった。ありがたいことに十余年経った今でも引用してくれている研究グループがあった。

調べてみるまで、0のオンパレードだったらどうしようと不安に思っていたが、杞憂であった。

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2007年8月 2日 (木)

自分の論文を自分のWebで公開していいかという著作権の話

研究者は研究成果が出ると、学会や出版社の発行する「学術雑誌」(Journal)に論文(Original Paper)を投稿する。所定の審査を受けた後、掲載されたり(Accepted)、掲載されなかったり(Rejected)する。学術雑誌に掲載された論文が、研究者の主な研究業績である。

私は、発表した学術論文のリストをHP上に載せている。先日、論文タイトルの一覧だけでは、無味乾燥だと思い、論文本体のPDFファイルを一緒に載せようとしたのだが、著作権の問題が気になった。自分が書いた論文で、学術雑誌に掲載されたものを、自分や自分の所属する研究室のWebに載せていいかどうかである。雑誌によっては、そのような行為を禁止していることがあるかもしれないからだ。

普通に考えれば(自然法的な考え方では)、自分の著作物を自分がどう使おうと自由なのだが、自分の論文を学術雑誌に掲載するときには、著作権譲渡書(Copyright Transfer Form)に署名して、一応、自分の著作権を学会や出版社に譲渡していることになっているのである。

それで、いろいろと調べてみた。

エルゼヴィア(Elsevier)社の場合、下記のように自分の論文を自分のHPに載せることを許可している。ただし、雑誌のHPか、論文のDOI(デジタルオブジェクト識別子)を一緒に記載することになっている。

Elsevier社のHP
http://www.elsevier.com/wps/find/authorsview.authors/copyright#internetより

Can I post my article on the Internet?

You can post your version of your journal article on your personal web page or the web site of your institution, provided that you include a link to the journal's home page or the article’s DOI and include a complete citation for the article.  This means that you can update your version (e.g. the Word or Tex form) to reflect changes made during the peer review and editing process.

シュプリンガー(Springer)社も、現行の著作権譲渡書(Copyright Transfer Statement)で同様な条件付で自分の論文を自分のWebに載せることを許可している。

現行のSpringer社Copyright Transfer Statementより引用

An author may self-archive an author-created version of his/her article on his/her own website and his/her institution’s repository, including his/her final version; however he/ she may not use the publisher’s PDF version which is posted on www.springerlink.com. Furthermore, the author may only post his/her version provided acknowledgement is given to the original source of publication and a link is inserted to the published article on Springer’s website.
The link must be accompanied by the following text: “The original publication is available at www.springerlink.com”.
Please use the appropriate DOI for the article (go to the Linking Options in the article, then to OpenURL and use the link with the DOI). Articles disseminated via www.springerlink.com are indexed, abstracted, and referenced by many abstracting and information services, bibliographic networks, subscription agencies, library networks, and consortia.

米国物理学協会(American Institute of Physics)の場合も、同様な条件付きで自分の論文を自分のWebに載せることを許可している。

米国物理学協会のHP
http://www.aip.org/pubservs/web_posting_guidelines.html より

On the authors' and employers' webpages:

  • There are no format restrictions; files prepared and/or formatted by AIP or its vendors (e.g., the PDF, PostScript, or HTML article files published in the online journals and proceedings) may be used for this purpose. If a fee is charged for any use, AIP permission must be obtained.
  • An appropriate copyright notice must be included along with the full citation for the published paper and a Web link to AIP's official online version of the abstract.

米国セラミックス学会(発行元はBlackwell Publishing)の場合も、下記のように同様な条件付きで自分の論文を自分のWebに載せることを許可している。

Blackwell PublishingのHP
http://www.blackwellpublishing.com/bauthor/faqs_copyright.asp#1.3 より

  • you may post an electronic version of the Article on your own personal website, on your employer's website/repository and on free public servers in your subject area. (For most journals there is a requirement that posting of the Article online does not take place until a specified minimum period has elapsed.)
  • Electronic versions of the accepted article must include the following statement, adapted as necessary for your Article:
    Author Posting. © {Insert name of copyright holder as shown on the published article}{insert year of publication} This is the author's version of the work. It is posted here by permission of {insert name of copyright holder} for personal use, not for redistribution. The definitive version was published in {insert journal name}, {insert volume, issue number and pages}. http://dx.doi.org/ {insert doi number}
  • Please note that you are not permitted to post the Blackwell Publishing PDF version of the Article online.
  • よくわからないのが米国化学会(American Chemical Society)である。私が最も多く著作権譲渡書(Copyright Transfer)に署名したのが、このアメリカ化学会なのだが、著作権譲渡書の文面が毎年、微妙に変化している。90年代半ばでは再配布は「in print format onlyで許可する」だったのが、90年代後半に"only"が削除された文面となった。電子媒体での再配布を許可するニュアンスかと思ったが、現行のCOPYRIGHT TRANSFERではまた変わって、印刷物としての配布が50部以下に制限された一方で、要約(本文以外)、表、図は自分のWebに載せてよいことになっている。

    アメリカ化学会の現行のCOPYRIGHT TRANSFER抜粋

    Authors/employers may post the title of the paper, abstract (no other text), tables, and figures of their own papers on their own Web sites, and include these items in their own scholarly, research papers.

    abstract (no other text)の解釈について迷う。本文(text)は載せてはいけないという意味に反対解釈すべきなのか、本文については指針を定めていないという意味なのか。いずれにしろ、私が署名したのは、現行のものではなく90年代のもので、自分の論文を自分のWebにuploadする権利まで、Transferしたかどうかは不明瞭な状態となっている。他の学会と同じように、明快に許可してくれればいいのであるが・・・。

    ちなみに国内の日本セラミックス協会日本分析化学会は、それぞれJ. Ceram. Soc. Jpn.Anal. Sci.の本文PDFファイルを無料でWeb上で公開している状態にあるので、迷うことなく安心してPDFファイルにリンクできる。

    インターネットが発達する1990年代半ばまでは、研究者は雑誌に論文が載ると、自分の論文のコピーや別刷り(自分の論文の部分だけを印刷した抜き刷り、reprint)を、同分野の研究者に挨拶代わりに配ったり、あるいは見知らぬ研究者からのリクエストに応じて、送付したりしていた。これは著作権譲渡うんぬん以前に、研究者コミュニティの習慣として容認されていた権利である。

    インターネットが発達した現在では、雑誌に載った自分の論文をE-Mailで送ったり、自分のWebに載せたりすることが権利として認められてしかるべきだと思う。実際に、ほとんどの学会や出版社は上に書いたようにはっきりと容認している。

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