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2007年8月24日 (金)

著作物の「引用」とは -著作権のノート

ものを書くようになってから、著作権のことを気にするようになった。

■ 「引用」とは何か

他人の著作物を、自分の著作物として公表することは「盗作」であり、違法行為である。しかし、他人の著作物を自分の著作物の中に「引用」することは、法律で認められた正当な権利である(著作権法32条)。

著作権法

(引用)
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
2 国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物は、説明の材料として新聞紙、雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし、これを禁止する旨の表示がある場合は、この限りでない。

引用」といっても、当然ながら他人の著作物を丸ごと転載して終わり、というような形式では「引用」だと認められない。

「引用」が認められるのは

  1. 他人の著作物を自分の著作物の中に持ってくる必然性がある。
  2. 自分の著作物と他人の著作物が明瞭に区別してある。
  3. 自分の著作物が「」で他人の著作物が「」である。
  4. (引用される著作物が)公表されている著作物である。
  5. 出所が明示されている。

の全条件に合致するときで、このときは著作権者からいちいち許可をとらなくても、他人の著作物を自分の著作物の中に引用することができる。

この条件にある主従関係や、必然性の判断が難しいのである。

■ 文章を「引用」

例えば、村上春樹の小説を数行、「引用」して、その後に批評文を記載した著作物は上記の正当な引用に当たり、問題になることはない(村上春樹の小説であることを明示することが必要。自分の小説にそれを明示せず、村上春樹の文章を数行転載することは「引用」ではない)。

研究者が自分の研究論文の中に、別の研究者の論文を引用することも問題ない。これは引用された側の研究者にとって名誉なこととされる。よい研究論文ほど、引用される回数が多くなると考えられているからである。

批評、研究などのための文章の引用はこれまで比較的自由に行われてきて、よりよい著作物の創出に役立ってきたと思う。著作権者から許可をとらなくていいというところが重要である。許可をとっていたら、批評などできないのだ。

■ 図や絵、漫画の「引用」

これが数年前までネックになっていた問題である。例えば、『ドラえもん』について解説、批評した出版物で、著作権者の許可をとっていないものは、『ドラえもん』の漫画(絵)を転載していない。漫画(絵)を転載することが、正当な引用に当たるかどうかあいまいだったからである。許可なく、漫画(絵)を引用している出版物はごく一部だったと思う。

で、そのごく一部の出版物にこんなのがあった。

『脱ゴーマニズム宣言 小林よしのりの「慰安婦」問題』である。小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』の漫画を一部引用したもので、タイトルから見てわかる通り、小林よしのりの活動姿勢、その漫画について批判、反論する内容だ。書名に小林よしのりの名が入っているが、本人は関係なく、もちろん許可は取っていない。小林よしのりの漫画が57カット引用されていたという。

小林よしのり側が裁判に訴えて、漫画の引用が、上記の正当な引用に当たるかどうかが争われたのであった(「脱ゴーマニズム宣言」事件)。詳しい結果は別冊ジュリスト157『著作権判例百選(第3版)』に掲載されている。(たまたま、訴えられた出版社側に大学時代の友人がいて、いろいろとよた話を聞いたりもした)

結局、判決は確定し、「批評のための漫画の引用は著作物の正当な引用に当たる」となった。ただしこの事件に関しては、カットを勝手に改変したところがあり、それについて同一性保持権の侵害に当たるとされた。

批評目的で漫画の引用ができる」という判決が確定したので、研究、批評目的で図、絵や漫画のカットを引用した出版物が増えるかと思ったら、今のところ、意外とそうでもないようである。

実はもう一つ、頭に入れておかなければいけない事件がある。「藤田嗣治絵画複製事件」である。こちらは学術論文中に批評目的で、藤田嗣治の絵画を引用して掲載したことが訴えられた事件である。判決は、掲載した絵画に鑑賞性があるので、引用は認められないというものだった。1985年の判決であるが、低解像度・モノクロ化などで鑑賞性を低下させないと、適法な引用にならないという内容であった。

これについて、北陸大学の大楽光江教授は上記別冊ジュリスト(2001年発行)の中で

しかし、デジタル複製技術の飛躍的進歩と普及により、一般大衆による複製物ですらその「鑑賞性」が著しく向上していることを考えると、低解像度・モノクロ化などで鑑賞性を低下させなければ適法引用は成り立たないとすることは今や実際的ではないのではないか。絵画の引用につき「鑑賞性」の不存在を求めることはもはや不適当であり、むしろ客観的必要性の判断に重心を移すべきであろう。

と藤田嗣治絵画複製事件の判決は、時代にそぐわないと意見を述べている。

■ 数値・データの引用

数値、データに著作物としての創作性はない。そもそも、「プランク定数が6.63×10^-34 Js」であるとか、「所沢のほうれん草が0.15 pg-TEQのダイオキシン類を含んでいた」などは、事実に過ぎず、著作物ではない。たとえダイオキシン類の分析に手間がかかっていてもである。だから、引用うんぬん以前の問題で、単なるデータ、数値は自分の著作物に使ってかまわない

■ 表の引用

表は数値・データを収集、取捨選択、整理し、著作者があれこれと考えて配列したものである。だから、著作物としての創作性があるとされている(判例の有無は知らないが、大手出版社Mのガイドラインにもそう書いてあった)。だから、表を他人の著作物から引用するときは、上記の引用条件に合致する必要がある。

トラブルを避けるためか、図・表を引用するとき、多くの出版社では引用許可を得てから、引用しているようだ。法律上は出所を示すなどして、上記条件に合致すればかまわないはずである。

■ ピントのずれたクレーム

おかしなことで、いちゃもんをつける人は存在する。

昔、『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』という漫画と映画があった。私は見ていないが、名前から、名作アラビアンナイトに材を得ていることが推測できる。これについて盗作だと騒いでいる人がいたが、こういうのはふつう盗作とは言わない。アラビアンナイトという誰もが知っている名作を元にして、自分のキャラクターに当てはめて、ストーリーをアレンジし、新しい著作物を作り上げているわけである。古い著作物を素材にした、新しい文化の創出といってもよいだろう。

上方落語に「胴切り」というネタがある。辻斬りに遭い、胴体を切断された男が、上半身と下半身に分かれて生き残り、上半身、下半身別々の生活をすると話。上半身が水を飲みすぎて、下半身が困るというのがオチである。同じオチの話がドラえもんにあった。『人間切断機』(てんとう虫コミックス10巻)である。作者の藤子F不二雄氏が、上方落語を知っていたかどうかにかかわらず、これも盗作とは言わない。しかし、盗作だとごちゃごちゃ言っていた人は存在する。見識がないのである。

芥川龍之介の『羅生門』は、今昔物語集を素材にしたものだし、中島敦の『山月記』も中国の『人虎伝』を元にしたものである。これらを盗作という人はまずいないと思う。古い著作物を元にして、新しい著作物をつくり、文化を創出する素晴らしい行為である。

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