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2008年4月30日 (水)

ホウ酸、およびホウ酸塩の化学

ホウ酸、およびホウ酸ナトリウムに関しては、小学校の理科で習って以降、高校の化学でも出てこないし、大学の無機化学でもあまり触れられない。専門書では、ホウ素の酸化数がホウ酸とは異なるホウ素化合物についてはトピックス的に扱われているが、ホウ酸、ホウ酸塩について書かれているものはほとんどない。

ホウ酸、ホウ酸ナトリウムの基礎をまとめてある本が少ないので、以下にノートしておく。

■ ホウ酸とは

オルトホウ酸 H3BO3、メタホウ酸 HBO2、四ホウ酸 H2B4O7など、xB2O3・yH2Oの組成をもつ酸を総称してホウ酸と呼ぶ。しかし、通常、ホウ酸といえばオルトホウ酸 H3BO3のことをさす場合がほとんどである。以降、ホウ酸と記した場合は、オルトホウ酸を意味するものとする。

■ ホウ酸(boric acid)の構造と性質

ホウ酸H3BO3の化学式は、B(OH)3と表記されることもある。BO33-は平面構造で、これが水素結合で層を形成している。この層が0.318nmの層間隔で積層した構造となっているので、ホウ酸にはへき開する性質がある。

結晶は無色透明、片状の六角形である。20℃における密度は1.49 g/cm3、融点は184℃。

加熱すると、順次H2Oを失い、変化する。
 オルトホウ酸 H3BO3 
 
(約100℃) → メタホウ酸 HBO2 
 
(約140℃) → 四ホウ酸 H2B4O7
 
(約300℃) → 酸化ホウ素 B2O3

最後に生成する酸化ホウ素はガラス状である。

水への溶解度は20℃で4.00 (水100gに対する溶解量(g))。溶解時に吸熱するため、加熱すると、かなり溶けやすくなる。OH基を有する有機溶媒には溶けやすいとされているが、OH基を有するアルコールと反応してエステルを生成する性質がある。

ホウ酸はきわめて弱い酸である。塩基との中和反応において、プロトンH+は放出せず、OH-を受け取る働きをする。つまり、厳密にはブレンステッド酸には分類されず、ルイス酸として作用する。

一段階目(次式)の酸解離定数K1(25℃)は 5.9×10-10

B(OH)3 + H2O → B(OH)4- + H+

二段階目、三段階目の酸解離定数(25℃)は
  K2: 1.8×10-13
  K3: 3.0×10-14

ホウ酸H3BO3の酸解離定数は、同じように三段階あるリン酸H3PO4の酸解離定数(K1から順に7.0×10-3, 6.3×10-8, 1.8×10-12)に比較しても、きわめて小さい。

ホウ酸水溶液をアルカリで中和滴定すると、二段階目、三段階目に行く前の、一段階目だけで、指示薬の変色点を超えて、アルカリ性寄りになってしまう。それほど弱い酸ということであり、通常の指示薬では正確に中和滴定できないことになる(pHメータを用いれば別)。

中和滴定でホウ酸を定量するときは、ホウ酸にマンニトールやグリセリンを加えてエステル化し、普通の強さの1価の酸(一塩基酸)に変化させてから、指示薬を用いて中和滴定を実施するのが普通である。

つまり、前処理後の中和滴定のときは一塩基酸(一価の酸)として作用することになる(前処理をしていないと一塩基酸よりも弱い)。ホウ酸のH3BO3という化学式からは、3価の酸として中和反応の計算を行ってしまいそうになるが、上述の計算のときは1価の酸とする必要がある。

■ ホウ素の炎色反応

ホウ素の炎色反応は緑色である。高校化学で習う「リアカーなきK村(Li:赤、Na:黄、K:紫)」に含まれていないためか、余り知られていない。

■ ホウ砂(ほうしゃ、borax)の構造と性質

天然に産出する主なホウ酸ナトリウムである四ホウ酸ナトリウム十水和物(Na2B4O7・10H2O)をホウ砂と読んでいる。化学式はNa2B4O7・10H2Oが用いられることが多いが、結晶中で[B4O5(OH)4]2-の存在が確認されたことから、Na2[B4O5(OH)4]・8H2O と表記されることも多くなっている。

水溶液からは、62℃以下で十水和物(Na2B4O7・10H2O)が析出し、62℃以上で五水和物(Na2B4O7・5H2O)が析出する。溶解度曲線が62℃で微分不可能となるのはこのためである。

350~400℃で無水物に変化、878℃で融解しガラス状となる。

密度はNa2B4O7・10H2Oが1.715 g/cm3、Na2B4O7・5H2Oが1.81 g/cm3

米国ではBoraxoの商品名で、ホウ砂が配合されたセッケンが市販されている。

ホウ酸塩水溶液の相図はかなり複雑で、その溶液化学に関してもわかっていない点が多いようである。我々が発見した新しい高濃度のホウ酸塩水溶液も、そのわかっていなかった点の一部に存在したものであろう。

ホウ砂は、その凝固点降下の大きさから、水溶液中で下記のように電離して、元のホウ砂の6倍の物質量の化学種を形成しているとされている。

Na2B4O7 + 7H2O → 2Na+ + 2B(OH)4- + 2H3BO3

2003年という比較的新しい学術論文でも、ホウ砂水溶液中に含まれる化学種の物質量を議論したものがある(A. Apelblat, E. Manzurola, J. Chem. Thermodynamics 35, 221-228, 2003)。これはホウ砂水溶液の凝固点降下の大きさを精密に調べると、ホウ砂の7倍の物質量(モル)になったという報告で、上の式より、もっと複雑な反応が存在することを示唆している。

ホウ酸塩の濃度計算は、式量の算出、結晶水が溶質でなく溶媒になることなど、面倒くさいことが多い。「ホウ酸塩に関する計算メモ」参照。

以下の表はホウ酸、各種ホウ酸塩の溶解度(N. P. Nies, and R. W. Hulbert, J. Chem. Eng. Data, 12, 303-313 (1967)より引用)。注意 一般的な溶解度と異なり、飽和水溶液100gに含まれる無水物(xNa2O・yB2O3換算)の質量(g)で表記してある。ただし、ホウ酸だけはB2O3換算でなく、ホウ酸H3BO3の質量で表記してある。

Borate_sol

ホウ砂(Na/B比0.5)では62℃以上の温度領域で、同じNa/B比の5水和物と4水和物(Kernite)、それぞれ2種類の溶解度が記載されている。これは一見、奇妙である(5水和物の飽和溶液は、4水和物に関して過飽和の状態となってしまう)。これに関しては、それぞれの上澄み液(液相)のNa/B比が違うとされている。

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2008年4月17日 (木)

毒性の高い硫化水素で相次ぐ自殺 -硫化物には規制が必要か

硫化水素H2Sは、腐卵臭(卵の腐った臭い)のするガスである。草津温泉や万座温泉に行くと不快なくさい臭いが立ち込めているが、あの臭いの成分が硫化水素である。

最近、硫化水素による自殺が社会問題になるまで、その毒性が話題に上ることは余り無かった。火山などから自然発生した硫化水素を吸って亡くなる死亡事故は、ここ10年で数件報告されている程度だったと思う。

硫化水素は高校で化学実験に使用することもあるが、まともに吸うと死亡事故を起こしかねないほどの高い毒性をもつガスである。私の経験では、高校の化学の授業中に重金属を沈殿させる実験で、ドラフト内に置かれた硫化水素発生装置で硫化水素を試験管に吹き込んだ記憶がある。とにかく毒性が高いから、ドラフトの中に頭を突っ込んだりしないように注意されていた。ちなみに硫化水素(分子量34)は、空気(平均分子量29)よりも少し重い(気体の密度は分子量に比例する)。

有名な話だが(参考文献VOW)、火山性ガスの発生する箱根の大涌谷には、硫化水素に関してこんな注意書きの看板(写真へのリンク)が立っている。

注 意
この附近は、火山ガス(有害ガス)の噴出地域です。危険ですから立ち止まったり、食事などをしないよう充分注意してください。

硫化水素感知判別表
硫化水素濃度  感知度             避難基準
(ガスのこさ)   からだにかんずるていど   どうしたらよいか

5~8 PPM  気持ちのわるいにおいがします  なるべく立ちどまったりしないでください
80~120 PPM   においを強く感じます       ここからとおざかってください
200~300 PPM  においは強くないが、目、はな、のどに強いいたみを感じます  ここからただちにとおざかってください              
500~700 PPM  中毒をおこします        覚悟してください
1000~1500 PPM 死亡します           あきらめてください

神奈川県箱根公園管理事務所
神奈川県小田原保健所

許容限度は10 ppmである。100 ppm程度でも8時間以上吸入し続けると、気管支炎、肺水腫で死亡する可能性がある。700 ppm程度で短時間の呼吸で呼吸麻痺を起こし死亡、1000 ppmで昏倒し、呼吸麻痺で死亡、5000 ppmで即死するとされている。ちなみに1000 ppm=0.1%。

上の看板の「あきらめてください」に対しては不謹慎であるという指摘があったそうだが、もし万が一、1000 ppm以上が自然発生していれば、あきらめるしかないのである。

国立大学教授が、硫化水素ボンベから硫化水素が漏れていることに気づき、学生に逃げるように叫びながら、自分はガス漏れを止めにいったのだが、教授はそのまま硫化水素ボンベを抱きかかえて、帰らぬ人となった悲惨な事故もあった。

最近、社会問題化しているが、硫化水素は市販のものを使用して、簡単に発生させることができてしまう。原理は高校レベルの化学を習得していれば、誰でも思いつくものである。

硫化水素は弱酸なので、

  弱酸の塩 + 強酸 → 強酸の塩 + 弱酸↑

といういわゆる弱酸遊離の反応で発生する。実験室での硫化水素発生法として、化学の教科書に載っている方法だ。

具体的なことは書かないが、強酸はどこにでもあるので、規制は難しい。問題は「弱酸の塩」である。硫化水素の塩、すなわち硫化物が、どうも巷に手に入りやすい形で市販されているらしい。硫化物は入浴剤の一種として売られているらしく、それ自体は、それほど高い毒性がないので、本来は規制対象でないという点が難しいところである。

硫化水素を使った自殺が相次いでいることで顕在化した点だが、市販の硫化物と強酸は、どちらも浴室などで使用する可能性のあるものである。知らずに浴室などで混合してしまう事故が起こってもおかしくない。

現状では、市販されている「酸」には様々な注意事項が記載されているが、硫化物の方には、まったく注意事項が記載されていない。注意事項をきちんと記載すべきであるし、場合によっては、一部の殺虫剤のように市販を規制してもよいのではないか。

入浴剤として市販されている硫化物は、いわゆる硫黄の臭いを自然に発しているという話なので、この臭気成分の点で、規制を加えることも可能だと思う。硫黄の臭いがすることは、硫化水素など硫黄の化合物が何もしなくても発生していることを意味している。

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