『新型インフルエンザ 世界がふるえる日』(岩波新書)
『新型インフルエンザ 世界がふるえる日』(山本太郎著 岩波新書)を読んだ。著者は国際緊急援助隊調査チームなどで国際的に感染症対策に携わった人。2006年9月発行、今回の豚インフルエンザ騒動の前に発行された本である。
以下、この本を引用しつつ、新型インフルエンザについて(「」内が引用)
■ 世界的流行は周期的に出現する
世界的流行のあった年
1729年
↓52年
1781年
↓49年
1830年
↓59年
1889年
↓29年
1918年 スペイン風邪 4000万人以上の死者
↓39年
1957年 アジア風邪
↓11年
1968年 香港風邪
↓
???
インフルエンザの世界的流行は40~50年周期で起きている。間隔からいうとそろそろ起きても、不思議はない時期である。
■ スペイン風邪(1918年)は鳥インフルエンザウイルスに由来
1918年のスペイン風邪で死亡し、シベリアの永久凍土内に埋葬された人の肺組織から、ウイルスの遺伝子を復元して、解読した結果、「1918年に世界的流行を引き起こしたインフルエンザウイルスは、その祖先と考えられる鳥インフルエンザウイルスと比較して、ウイルスの複製に必要な遺伝子の一部(アミノ酸配列で10個程度)が置き換わっただけだったというのである。(中略)これは鳥インフルエンザウイルスが容易にヒト型には変化しないというそれまでの通説を覆すものであった。鳥インフルエンザウイルスは、容易にヒト型に変化しうることが一連の研究によって証明されたのである」
この研究は2005年10月6日付の超一流の学術雑誌ネイチャーNatureに掲載されたもので、大きなインパクトを与えた。
1990年代半ばまで、鳥インフルエンザウイルスが、ヒトに感染し、死亡させることなど、専門家の間でさえ想像されていなかったという。
■ 弱毒性と強毒性
インフルエンザウイルスの電子顕微鏡写真を見ると、表面にトゲトゲのスパイク状のものが見える。この表面に見えるトゲトゲが、ヘマグルチニン(HA:赤血球凝集素)とノイラミニダーゼ(NA)と呼ばれる2種類の蛋白である。抗原性の違いから、HA蛋白はH1からH16までの16種類の亜型に、NA蛋白はN1からN9まで9種類の亜型に分けられる。これら2つの蛋白はウイルスの表面にあるので、細胞への感染を考えるときに重要な役割を果たしている。
インフルエンザウイルスが細胞に侵入するためには、HA蛋白が細胞の表面で二つのユニットに解裂する必要があるのだが、解裂には、その蛋白を分解する酵素が必要である。この酵素を細胞が持っていれば、その細胞にウイルスが侵入するし、持っていなければ侵入しないということになる。
インフルエンザウイルスがヒトの場合、気道上皮細胞に、水鳥の場合、腸管上皮細胞に特異的に感染するのは、これらの細胞がHA蛋白を解裂させる酵素を持っているからである。これが通常のHA蛋白である。
しかし、HA蛋白の解裂部分にアルギニンの繰り返し配列がある場合、気道上皮細胞や腸管上皮細胞以外の細胞が、普遍的に持っている蛋白質分解酵素によって、解裂・活性化されてしまう。この場合には、インフルエンザウイルスは全身の細胞に感染を引き起こすことになる。
HA蛋白の解裂部分にアルギニンの繰り返し配列がある場合、全身の細胞に感染を引き起こすので、「強毒型インフルエンザウイルス」という。解裂部分にアルギニンが一つしか存在しないウイルスは、上気道上皮細胞など決まった細胞にしか感染しないので「弱毒型インフルエンザウイルス」という。
今のところ、強毒型になりうるのはH5とH7の亜型とされており、高病原性インフルエンザウイルスと呼ばれている。ニワトリの間で伝播していくうちに、弱毒型から強毒型に変化すると指摘されている。
強毒型インフルエンザウイルスが人に感染すると、「ありとあらゆる臓器に障害が生じ、肺炎だけでなく、心筋炎や脳炎、あるいは激しい下痢症状が現れ、出血傾向を伴う多臓器不全が引き起こされることになる。」
■ 雑感
「スペイン風邪の流行は、あたかも津波が数次の波に分かれて岸を襲うように、数波にわたって世界を席巻した」という。「第二波として流行したインフルエンザウイルスは、第一波とは比較にならないほど強力な毒性を獲得していた。致死率は高いところで20パーセントを超え、また、流行の第一波を経験していなかった地域の被害は、すでに流行を経験していた地域と比べて格段と大きなものとなっていた」
流行がいったん短期間でおさまったからといって、安心してはいけないという教訓である。
今回の豚インフルエンザの一連の騒動で気になったのは、風評被害を防ぐ目的で「ウイルスが含まれているものを食べても大丈夫」というニュアンスの発言が複数あったことである。ウイルスは上気道にしか感染しないから、消化器に入っても無毒であるという意味らしいが、これは感染を防ぐために「手を洗いましょう」という指示と真っ向から矛盾している。ウイルスが口に入って大丈夫な訳はないはずである。
石破茂農水大臣が、今回の件で、「豚肉は出荷段階で殺菌を完全に行っており、食べても全く問題はない」と発言していた。マスコミに向けて、複数回同じ内容のことを発言していたから、偶発的に失言したわけでもなさそうである。こんな発言をされると、豚肉は生で食べても大丈夫と誤解する消費者も出てきてしまう。私の推定であるが、「殺菌されている」というのは、豚肉一頭分の塊の表面、つまり豚の皮膚に相当する部分を出荷時に殺菌していることを言っていたのだと思う。われわれが食べる豚肉の切り身の内部は殺菌されているはずはない。
ちなみに余談であるが、政治家でもあり、省庁のトップでもある大臣の国会外の発言について、行政機関である省庁、つまり官僚は関与しない、承知しない、責任をとれないというスタンスであるらしい。「大臣がこんなことを言っていたけど、どういうことだ。本当か?」とその省庁に問い合わせされても困るらしい。複雑な組織である。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
>大臣の国会外の発言について、行政機関である省庁、つまり官僚は関与しない、承知しない、責任をとれない
なるほど、これは批判があるでしょうね。
でも、官庁の局長や課長が科学的に間違ったことを言おうとしたときには、部下や関係担当官が普通止めるのですが、大臣は、誰も止める人がいないのです。
まあ、普通は部下等の意見を聞きながら発言されますが、予想外のことを、特に国会外で科学の専門的質問を尋ねられたときに、「判りません」と答えればいいのに、下手に答えたりすると、当然間違っているとしか言いようがない発言となり、また、官庁側もどうしようもないのです。
例えば、光速より早い宇宙船を作りますと大臣が演説したら、官庁はそれに従う義務がありますかねえ。
(もちろん、そういうことがないように事前に説明しますが。)
投稿: あじあ号 | 2010年1月 1日 (金) 09時31分