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2011年1月25日 (火)

子どものひきつけ(熱性けいれん)とそのドタバタの記録

わが子たち、これまで計3回ほど熱性けいれん(ひきつけ)を起こした。いずれも大したことはなくて、今ではピンピンしている。最近のものからその記録。似たような症状のお子さんの参考まで。

■ 今年の元日 (下の女の子、1歳9ヶ月)

大晦日から上の男の子(4歳)が風邪気味で少し具合が悪かった(12月27日から咳)。新年あけてすぐの午前0時半に金沢を車で出て姫路までナイトドライブで帰省。午前6時過ぎ、姫路の実家着。少し寝た後、午後2時ころ、上の子に38℃台の熱があり、具合悪そうなので、近くの姫路市休日・夜間急病センターに車で行ったが、超満員で、受診をあきらめて帰宅。注射嫌いの上の子は「もう治ったから」と、すでに機嫌がよかった。実際、治ったようだった。

今度は、夕方6時ころから、下の女の子(1歳9ヶ月)がぐったりしていて元気がない。熱も上がってきた。大晦日から軽く咳をしていたのである。休日・夜間急病センターの夜の部は午後9時からと聞いていた。

午後8時前、熱が38.4℃、手足が冷たいのでまだまだ上がるはずと母。午後8時ちょうど、1回、わーと大泣きした後、両手両足をバタバタけいれん。目はどこを見ているかわからず、意識はない。前回(2010年9月)は1分でおさまったが、今回はなかなかおさまらない。前回より長いのであせる。時計を見つつ、5分たってもおさまらないので、休日・夜間診療センターに電話して、そう伝えると、「救急車を呼んでください」。電話をとった人が、誰かに聞きに行った後、そう言った。

119番で救急車を呼ぶと、「すぐに救急車を出します」 住所・番地、名前を伝えるだけで、位置は特定できたらしい。

通報後の午後8時7分、やっとけいれんは治まった。7分は長く感じた。口から泡を吹いて、少し嘔吐したのか泡に嘔吐物が少量ついていた。手足バタバタの周期は終わりになると遅くなっていき、最後におさまった。けいれんは治まったが、意識がなく、手足を動かそうとしない。心配だった。

8時10分頃、救急車到着。痙攣は既に治まった後である。隊長が様子を観察した後、「前になったことありますか?熱は?」など、持病の有無、けいれんになるまでの経過を聴取する。

部屋着のまま、同行すると不都合もあるので、私(父)は携帯・財布・免許証やらを持参し、軽く着替えてから行った。母は母子手帳、保険証などを痙攣中に準備して、すぐいけるようにしていた。上の子は、祖父母、伯父にまかせて、実家待機(いい子にしてたそうである)。

この時間、小児科は日赤しかないといわれ、姫路赤十字病院へ救急車で。私が生まれた病院である(移転前だが)。意外と、救急車はよく揺れた。サスペンションがきいていない貨物車のような感触である。

午後8時30分ころから処置。小児科のK医師。いつもそうなのか元日だからなのか医師は全員、若い人。医師は「泣いたか?」、「けいれんでどこを動かしていたか」、「前にもけいれんはあったか?」、「何分続いたか?」、「持病はあるか?」などを問うた。答えは「泣いてから痙攣」、「両手両足」、「昨年9月、そのときは1分でおさまった」である。

先生は前頭部を触った後、体のあちこちを押したりつねったり。わが子はそのとき、両手両足をぐったりとさせて、動かそうとしないので不安であった。目の焦点も定まっていなかった。顔色も青白かった。

聴診、鼻汁の採取後、「処置しますので中待合室で待っていてください」と言われて待機。大泣きする声が何度も聞こえた。このときに、手の甲の血管に点滴用のチューブを装着して、髄膜炎検査のための髄液採取が行われたようである。(2009年5月の上の子の時は髄液採取は頭部のCT検査の後だったが、今回はいきなり行われたようである)

処置が終わると、回復室のベッドに寝かされていた。顔色はよくなったようである。21時からソルデム(ブドウ糖)を200mLを点滴。点滴に2時間かける予定で、その頃には検査結果が出るでしょうという話だった。ベッドの上で泣くのだが、アクビ娘の唄を耳元で歌ってやると泣きやむ(笑)。

22時15分、検査結果が出た。RSウィルスのみ陽性。風邪による熱性けいれんであった。白血球数も10700と少し増えているが風邪のせい。その他の検査数値も正常値から若干上下しているものがあるが、問題ないようである。

経過から見て、帰宅して様子見してくださいという話だった。この結果、点滴もここで中止。また、痙攣が出るとか、神経症状が出るとかがあれば、再び来るように言われる(もし、入院するなら、24時間か48時間様子を観察するそうである)。熱が下がらなくても、車に乗せて金沢に戻っても問題ないでしょうと言われた。

手足を動かさなかったのは、けいれん直後に手足が一時的に麻痺することがあるため。もう動かしているのでOK。

処方薬はアスぺリンシロップ0.5%(5mg/mL)、ムコダインシロップ5%(50mg/mL)。先生に言って坐剤(アルピニー坐剤、38.5℃以上で使用)を追加してもらった。支払いは6140円。ATMみたいな自動支払機でカード払いまでできるようになっていた。

タクシーを呼んで帰宅した。

少し元気そうな声を出すようになったので、翌日1月2日夜、車で金沢に戻ってきた。

結局、後から考えると、救急車を呼ばなくても、後で受診すればよかったケースかもしれないが、けいれんが終わった後も、ぐったりしていたので、いろいろ検査をしてもらってよかったと思う。

髄膜炎検査のため、髄液の採取をすると、しばらく歩きにくいようである。上の子の場合もそうだったが、1週間くらい歩こうとしなかったり、歩きにくそうにしていた。これは、髄液採取のためであった。知らないと痙攣の後遺症かと心配しかねないなと思った。

妻は、Hibワクチンの予防接種を済ませているのに髄膜炎の検査は要らなかったのではないかとブツブツ言っていたが、Hib以外にも髄膜炎の原因となる菌は少なくないそうなので検査しておいて貰ってよかったと思う。

■ 2010年9月23日(下の女の子、1歳6ヶ月)

前日からこの日まで1泊2日で、ナガスパに行ってきたのだった。この日はアウトレットモールをまわった後、車で金沢に戻ってきた。

前日、かなり暑かったが、ナガスパの遊園地で元気よく遊んでいた。「熱中症に気をつけましょう」と放送されていたような暑い時期である。

その夜から機嫌が悪い。体が熱く、熱があるようである。暑気(あつけ)でも入ったかなどと考えていた。昔の人はよく暑気と言っていたが、軽い熱中症のことだろうか。

これで帰ってくれば良かったのだが、ベビーカーに寝させておけば同じなどと考えて(よくないな)、そのままアウトレットモールなどに出かけたのだった。

金沢に帰着後の午後7時57分、両手をバタバタさせて、けいれんを始めた。このとき、初めて見たが、意志を持って両手をバタバタさせているのとイマイチ区別がつきにくい。ただ目はどこを見ているかわからない。40秒ほどで口に泡をふいた。1分ほどで手のけいれんが終わって、目はどこを見ているかわからない状態でぐったり。呼びかけたりしていたら、2分半後にニコッと笑顔になったかと思うと、ぐったりとして寝た。

上の男の子(そのとき3歳)は、妹のけいれんと両親の慌てた様子に「なんか怖くなってきた」、「お兄ちゃんも一緒に病院にいくからねー、がんばるんよー」といつになく優しく妹に声をかける。

自家用車で金沢の夜間診療所へ。ベテラン看護婦、一目見て、「熱性痙攣か」。小児科のS先生に、旅行でナガスパに行って帰ってきたら云々というと、「熱があるのに、あちこち連れまわしたんじゃろ」、「アウトレットも行ってきたんやろ」と図星の指摘をされる。

座薬で熱はおさまり、一安心。

■ 2009年4月10日(上の男の子、2歳5ヶ月)

下の子がこの年の3月に生まれたので、母の実家で、母と下の子と一緒に暮らしていた。実家の近所の保育園にも一時的に通っていた。私は仕事なので金沢。

ずっと風邪が治らず、熱が上がったり下がったりを繰り返し、この日午後7時16分と午後7時53分に熱が39℃以上と携帯にメールをもらっていた。すると、午後9時47分に、携帯に電話がかかってきて、ひきつけを起こして、「救急車で運ばれた」と連絡を受けた。田舎のことなので、救急車が来ると大騒ぎになったそうである。

けいれんが始まったのは、午後9時13分。午後9時16分に119番に電話したが、そのときには、けいれんはおさまっていたそうだ。けいれんの時間は2分以内ということか。搬送後の午後10時にはすやすや眠っていたという。

私は帰宅後、自家用車で、搬送された七尾の能登総合病院へ。深夜に到着。点滴用のチューブが頑丈に手首に着けられ、高い柵付きのベッドに子どもが寝かされていた。

検査数値はこんな感じ
  順に  搬送直後   翌11日午前10時
  白血球 /ml   23700   42900
  CRP(炎症の程度) mg/dl  0.6   11
  HGB g/dl   11.7   11.8
  PLT 10^4/μl   46.3   44.6

翌日、子どもの目が覚めると、立ち上がり、「(お父さんが)おった」などという。「何でいるの」と言いたげだった。一緒にいなかった父が、今ここにいる理由がわからないようである。私は横のソファに借りた布団を敷いて寝ていた。

医師が来て、「炎症の数値が上がっているので、腰椎穿刺で髄液を採取して、髄膜炎の検査をします・・・。でも、元気ですね」と言われた。「脊髄液を採取する前に、脳に腫瘍や奇形があると腰椎穿刺ができないので、腰椎穿刺できるかどうか、頭のCTをとって判断します。」

CT検査室に父(私)と一緒に入った。子どもが動かないよう、私は鉛の入ったエックス線防護服を着て、子どもの下あごを手で押さえていた。看護婦だと子どもが泣くからか、看護婦の被ばく量をできるだけ減らしたいからかどうか知らないが、CTのそばで子どもを押さえる役は父の仕事であった。結果、脳に腫瘍や奇形はなく、腰椎穿刺をすることに。

腰椎穿刺は終わり、寝かされた後、11時過ぎ、抗生剤(セフォタックス)の点滴開始。抗生剤が効いたのか、検査の数値は2~3日で回復し、4月15日に退院。

結局、どこかにばい菌が入っていたようである。腰椎穿刺したため、1週間ほど歩きにくそうにしていた。腰が痛いのか・・・。

生まれたばかりの1ヶ月の下の子もいたため、病院と実家の父母交代で往復するのは大変であった。

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