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2011年2月13日 (日)

「最先端・次世代研究開発支援プログラム」に応募して玉砕

参考 内閣府のWebへのリンク「最先端・次世代研究開発支援プログラムの研究者・研究課題の決定について」

「最先端・次世代研究開発支援プログラム」という若手(45歳以下)、女性研究者(年齢不問)を対象にした大型予算の公募が昨年にあった。4年で2億円が上限という、科研費の特別推進研究並みの潤沢な予算である。前年度にあった別の研究関係大型予算をイレギュラーな形でバッサリ切って、この予算に充てたという。すべての都道府県から採択者が出るようにするという点が、石川県の研究者には魅力的であった。

応募締め切りは昨年5月、書類選考をもとに8月にヒアリング(プレゼン・質疑応答による審査)を実施すると書いてあったので、そのヒアリングに呼ばれなければ採択される見込みはないのである。ヒアリングに呼ばれなかった時点で、私の応募した課題は不採択を意味していた。そのときに、「不採択」の通知をもらっても良さそうなものだが、2月10日まで何も通知は来ていなかった。採択者が正式決定するまで、不採択者の方にも正式通知しないということだったのだろう。

2月10日に不採択の正式通知をもらった。もともとあてにしていなかったので、落胆してはいない。3年で2億1800万円の特別推進研究を経験した身としては、むしろ靄が晴れたような複雑な心境である。大型予算が当たれば、ほぼ100%近いエフォートでそれにかかりきりになるのは良いとしても、プロポーズした成果を出さないといけないので、挑戦的なリスキーな研究はできなくなる。大型予算、当たらなければ当たらないで、挑戦的な別の研究に時間を使うことができる。負け惜しみではなく、ここは実に複雑な心境である。

【採択者数】
○グリーン・イノベーション:141件(応募件数 2,398件)
○ライフ・イノベーション:188件(応募件数 3,220件)
※採択数合計:329件(応募総数 5,618件) 採択率5.86%

採択率はかなり低い。

採択された最先端・次世代研究開発支援プログラムの研究者・研究課題リスト(五十音順)ダウンロードを見てみると、 やっぱり旧帝大系、特に東大、京大が強いと思った。

(以下は、私がざっと数えたので間違えている可能性もある)

東京大学43件、東京工業大学15件、京都大学36件、北海道大学7件、東北大学31件、名古屋大学11件、大阪大学25件、九州大学13件・・・

旧帝大で166件、東工大を足すと181件。旧帝大だけで半分を超えている。

大学以外では理化学研究所10件、産業技術総合研究所7件が目立っている。民間ではNTT2件、東芝1件。NTTは設立経緯からわからなくもないが、東芝・・・。

筑波大学3件、神戸大学1件。東工大以外の「工業大学」では、名古屋工業大学2件。

石川県からは金沢大学6件、北陸先端大1件。あえて書くことはないかも知れないが金沢工業大学は0件。

近隣県では福井県立大1件、富山大1件。

私立大学では、慶應義塾大学4件、早稲田大学3件、日本大学2件、東京理科大1件、東京都市大学(旧武蔵工大MIT)1件、東海大学2件、同志社大学2件、学習院1件など(医科大は略)。

私立大学は弱い。

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2011年2月11日 (金)

『ノルウェイの森』再訪

先日、時間を作って映画『ノルウェイの森』を見に行った。石川県では金沢フォーラスの一館で夕方17:30からの上映のみになっていた(2月11日まで)。観客は20名弱、カップルは半分ほど、あとはお一人様。

村上春樹の原作小説を読まずに、この映画を鑑賞しても、感じるものは少ないのではと思った。以下は思いつくままに雑感・・・・・・・。

私が原作の『ノルウェイの森』を読んだのは1988年のことである。周囲にいた3名の友人に薦められてだった。手元に残してある単行本は上下巻とも1988年8月5日第18刷発行(1987年9月10日第1刷発行)で、まだ消費税がない時代、一冊定価1000円だった。金色の帯が付けてあり、

上巻には、「いい尽くされた言葉より 心に残る この物語を・・・・・・」、

「この小説はこれまでに僕が一度も書かなかった種類の小説です。そしてどうしても一度書きたかった種類の小説です。これは恋愛小説です。ひどく古ぼけた呼び名だと思うけれど、それ以外にうまい言葉が思いつけないのです。激しくて、物静かで、哀しい、100パーセントの恋愛小説です。  村上春樹」

下巻には「静かに、そして激しく 哀しみの余韻 再び・・・・・・・」、

「彼らの求めたものの多くは 既に失われてしまっていた。もうそこから進むこともできず、戻ることもできない、暗い森の奥に永遠に・・・・・・・・・。限りない喪失と再生を描く 今いちばん激しい100パーセントの恋愛小説。」。

この帯にも歴史があって、初版はカバーと同じ色のものがつけてあったが、途中で金色に変わったそうだ。

上巻は赤一色のカバー、題字だけ緑色。下巻はその逆、緑地に赤い題字。「赤一色」のデザインはいろんな意味で出版社が嫌がるものらいしいが、作者の村上春樹氏の意向でそういうデザインに決まったという。いわゆるクリスマスカラーである。どこの書店に出かけても、これでもかというくらい平台にうず高く積まれていた。

原作の小説は「僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。」で始まる。作者が18年前のことを回想するシーンである。37歳、18年前のこと・・・、小説を読んだ頃には想像しにくいタイムスケールだったが、もう小説を読んでから22年も経ってしまった・・・。

『ノルウェイの森』にはゴシック体で書かれた文が一つだけ存在する。前後に1行余白をとった上で、

死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。

と記されている。主題の表現として、すごくわかりやすい。

このゴシック体の文、単行本だと右頁の途中に登場するのだが、文庫本だと右頁の冒頭にいきなり登場する。冒頭だと余白の有無がわかりにくいし、ゴシック体が冒頭にあるとタイトルのようである。単行本のように、頁の途中に登場してこそ、このゴシック体が生きてくるなと思った。

作者自身が「100パーセントの恋愛小説」と記しているけれども、この小説の読後感は、太宰治の『人間失格』を読んだ時のそれに似ていた。夏目漱石の『こころ』を読んだ時にも似ていたかもしれない。とにかく人が次々と死んでいく、自殺で。当時、ニュースステーションに出てた小宮悦子が、何に対するコメントだったのか忘れたが、「最近、若い人によく読まれている小説で次々と人が亡くなっていくのがあって・・・」と驚いたことを語っていた。時期的に『ノルウェイの森』だったのだと思う。

小説の題名『ノルウェイの森』は、ビートルズの"Norwegian Wood"からきている。ビートルズの曲名は原題通り"Norwegian Wood"と記されていることもあれば、『ノルウェイの森』の邦訳が記されていることもある。

"Norwegian Wood"を『ノルウェイの森』と訳すのは誤訳で、正しくは、ノルウェイ材、すなわちノルウェイ産の木材、ノルウェイ材でできた家具とすべきであるという説がある。ビートルズの曲が出回った頃から話題になっていたのだが、小説『ノルウェイの森』がベストセラーになったときに、この議論が再燃したのである。woodは木であり、森の意味はなく、複数形のwoodsとした場合にのみ森の意味があるからということらしい。

確かに、"Norwegian Wood"の歌詞を見ると、"She showed me her room.  Isn't it good, Norwegian wood?"なので、森ではあまりにも詩的で、木材でないと意味がとれない。しかし、村上春樹自身も『村上春樹 雑文集』の中の小品「ノルウェイの木を見て森を見ず」に書いていたのだが、歌詞に使われた"Norwegian Wood"に正確な日本語訳を当てるのは不可能なことである。言葉には複数の意味があって、それぞれのニュアンスを裏に持つので、曖昧なところが出てくる。両方の曖昧な意味を持っているということでいいのではと思う。

私の愛用する小学館の英和中辞典PROGRESSIVEにはwoodの4番目の意味としてこうある。

4 ((しばしば~s))樹林、森、森林(▼(1)forestよりも小さいもの。(2)「一つの森」をさすのにwoodもwoodsも用いる。このwoodsは((英))では複数扱いであるが、((米))では単数扱いにする) There is a wood(s) near the house.  家の近くに森がある。

woodでも森の意味はあるようである。両方をさしていて、一語への邦訳は不能ということでいいのであろう。

ちなみに"Norwegian Wood"の最後の部分

"So I lit a fire.  Isn't it good, Norwegian wood?"なのであるが、「だから、僕は放火したんだ」と訳して、女性がいなくなったので、ノルウェイ材でできたアパートに放火したことにしている訳詞家もいた。タバコに火を付けたという訳が主流であるが、ドラッグに火をつけたという解釈もある。

上述の村上春樹「ノルウェイの木を見て森を見ず」では、村上春樹氏自身が<ジョージ・ハリスンのマネジメントをしていた会社に勤務していた女性からパーティーで聞いた話>として、"Norwegian Wood"は"Knowing she would"のもじりであるとしている。「彼女と最後まで行けるのを知っていて」の意味である。インモラルな直球的表現ができない時代だったからもじったという説である。

さて、映画『ノルウェイの森』の話に戻る。

菊地凛子は演技派の女優であるが、20歳前後の「直子」を演ずるのは少し無理があるように感じた。心を病んだ直子を演じるのは、はまり役のような気もするが、映画の冒頭、高校の制服を着て、登場した菊地凛子には違和感をもった。

永沢さん、レイコさん、緑は小説を読んだときに持ったイメージそのままの感じであった。

映画では、小説で重要な位置を占める野井戸の話が割愛されていた。落ちると誰にも気づかれなくなる深い野井戸・・・。

映画のエンドロールが出ると、多くの映画では半分以上の人が退席してしまうのだが、『ノルウェイの森』の観客はマナーがいいのか、余韻にひたっているのか、エンディングロールが終わるまで、席を立たない人がほとんどだった。

エンディングロールを見ていると、ビリヤード監修、レコード監修、さらに学生運動監修まで、監修者が表示されていた。時代考証が大事なのであろう。

ロケを行ったと思われる、早稲田大学、神戸大学の寮、六甲学院高校・中学校なども名称表示されていた。

DVDになってから見ようかとも思っていたが、ほぼ2時間邪魔の入らない状態で、大画面の前に身を置いて、どっぷり映画の世界に浸るのもなかなかよいものであった。映画の世界に入り込めるという意味では、DVDでテレビ画面で見るのと、映画館でスクリーンで見るのとでは格段の違いがあった。

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2011年2月 7日 (月)

北鉄バスが同じ名のバス停に2回止まる訳

先日、交通辺鄙な場所で飲み会をするというので、自宅から北鉄バスのマイナーな路線48番系統というのに乗った。金沢大学(角間)と野々市車庫を結ぶ、電車の駅を通らない郊外同士を結ぶ路線である。

乗っていると、「有松(ありまつ)」というバス停に差し掛かったとき、「有松には二か所で停車します」とアナウンスがあった。まず、「有松」の1個目で停車して、出発した後、「続いて、有松」とアナウンスがあり、またもう一つの「有松」バス停で停車する。

なんで同じ名前のところに停車するんだろう。それなら、どちらか名前を変えたらいいんじゃないかなどと考えていたが、その理由が分かった。同じ名前じゃないとダメなのであった。

この路線はターミナル駅を結ばない路線である。主要なバス停(金沢駅、香林坊など)から出ているバス路線は、有松交差点で3方向に分岐する(下図)。左折(泉が丘方向)、直進(上有松方向)、右折(二万堂方向)である。それぞれ有松の交差点を過ぎた後に、「有松」のバス停が設置されているのである。3方向それぞれの上り、下りを合わせると6つの「有松」のバス停があることになる。

Arimatsu_2

私が乗ったマイナーな48番は、金沢・香林坊方向へ行かないので、場所の違う「有松」のバス停を2回通過することになる。だから、2つの「有松」で止まったのであった。図の赤が本数の多いバス、青が私の乗ったマイナー路線。

この2個の有松バス停は、バス停1個分くらい離れているし、何より、どちらか片方の停車だと旅客案内上、不都合なのであろう。

野町駅から金沢駅西口を経由して県立中央病院に向かうバスも、同じような理由で武蔵ヶ辻のバス停に2か所で停車している。北鉄バスは網目状に路線をもっているので、このような例は多いのであろう。

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2011年2月 4日 (金)

「ひとり実験禁止」は安全管理の基本

一人きりの実験は危険なので禁止」が、安全管理の基本である。実験に限らず、一般的な作業でも同様だ。事故で、自分が動けなくなったり、気を失ったりして、自分で対応できないようなときに、気付いてくれる人がいなければ、極めて危険な状況になる。誰か周囲に気付いてくれる人がいれば助かったのに、あるいは軽症で済んだのにという事例が少なくない。

工場などの作業場では「一人作業禁止」、実験室では「一人実験禁止」。

こんな例がある。液体窒素を製造装置から専用容器に移す作業を一人で行っていた男性。ちょうど配管の霜取りをしたばかりで、液体窒素が中を通る金属部が露出していた。うっかり触ってしまい、手が取れなくなった。無理に取ろうとすると皮膚がはがれそうである。でも、早く取らないと凍傷になってしまう。口で温めてとろうと、くっついた部分をなめたら、今度は口までくっついて取れなくなってしまった・・・。

誰かそばにいればお湯を持って来てもらうなりして、何とかなったはずだが、一人で作業していたのが不運であった。

で、一人実験禁止、ひとり実験禁止の貼り紙でもしておこうかとベタなポスターを考えた。「hitorij.doc」をダウンロード

Htr_jik_2 

ムンクの『叫び』が元ネタのパロディ、いわゆる二次著作物です。ムンクの著作権は既に消滅しています。知人に見せたら面白がって、使わせてくれと言っていたので、臆面もなくここに掲載しました。使いたければ、自由に使ってください。二次著作者の権利は無視して構いません。

最先端の繊細な作業を伴う実験は、他人がいることによるノイズを嫌うことが多い。一昔前、STM(走査型トンネル顕微鏡)で分析している研究者は、隣室で人が歩いているだけでノイズが出て測れないと言っていた。「針が動くんだよっ!」とよく隣室に怒鳴りこんでいたという。人がおらず、地下鉄もエレベータも停止した深夜でないと、良い信号が取れないと、よく言っていた。

こんな場合でも、安全が優先することはいうまでもない。原因、状況がよくわからない状態で、翌日、遺体となって発見されることは避けたいものである。目撃者がいないので、原因の推定しかできない例も少なくない。

ちなみに、阪神淡路大震災における死亡者数の年齢別分布では、高齢になるほど多くなる傾向があったのだが、その傾向とは別に20代の死亡者数が突出していた。これは20代に一人暮らしが多かったためとされている。一人暮らしでなければ、相当の割合が死亡から免れたということだろう。

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