2012年2月21日 (火)

ロシア語の学術雑誌は、その英訳誌が出版されている

最近、自然科学系の主だった学術論文は英語で書かれて、英語で出版されるのが普通だが、20世紀の中頃では、ドイツ語、フランス語、ロシア語など色々な言語が入り乱れていた。先行研究を調べていくと、どうしてもロシア語で書かれた文献に行き当たることがある。ロシア語が出てきた時点で、あきらめる人がほとんどのようだが、そうではない。

あまり知られていないようだが、ロシア語の自然科学系の論文を載せる学術雑誌のうち、主なものは、その英訳誌が英語圏の学協会によって発行されている。例えば、Kristallografiia(Кристаллография)は、ロシア語の論文を載せる結晶学の学術雑誌である。これの英訳誌はSoviet Physics Crystallographyで、全く同内容の英語論文が掲載されている。論文の著者が翻訳したのではなく、翻訳家が訳したものである。原文と英訳を見比べたことがあるが、ロシア語で書かれた原文を、そのまま忠実に英訳していたようであった。

ロシア語学術雑誌の英訳誌が発行されているかどうかは個別に調べるしかない(大学図書館の司書に尋ねるのが早い)。

少々古くなるが、1990年、小生が大学4年生の時、英訳誌が発行されているロシア語学術雑誌をリストアップしたことがある。全てを網羅している訳ではないが、そのリストを下に掲載しておく。ロシア語学術雑誌の名称は英字に翻字したが、ロシア文字で表記されることも多い。

ロシア語学術雑誌の名称 英訳誌の名称
(Journal published in Russian language) (English - translated version)
Akusticheskii zhurnal Soviet Physics Acoustics
Astronomicheskii Zhurnal Soviet Astronomy
Atomnaia energiia Soviet Atomic Energy
Avtomatika Soviet Automatic Control -> Soviet Journal of Automation and Information Science
Bioorganicheskaia khimiia Soviet Journal of Bioorganic Chemistry
Biotekhnologiya Soviet Biotechnology
Defektoskopiia Soviet Journal of Nondestructive Testing
Doklady Akademii nauk SSSR Soviet Mathematics. Doklady
Doklady Akademii nauk SSSR Soviet physics. Doklady
Elektrotekhnjka Soviet Electrical Engineering
Energomashinostroenie Soviet Energy Technology
Fizika Elementarnykh Chastits i Atomnogo Yadra Soviet Journal of Particles and Nuclei
Fizika i khimiya stekla Soviet Journal of Glass Physics and Chemistry
Fizika i tekhnika poluprovodnikov Soviet Physics. Semiconductors
Fizika Nizkikh Temperatur Soviet Journal of Low Temperature Physics
Fizika Plazmy Soviet Journal of Plasma Physics
Fizika Tverdogo Tela Soviet Physics. Solid State
Fiziko-khimicheskaia mekhanika materialov Soviet Materials Science
Fiziko-tekhnicheskie problemy razrabotki poleznykh iskopaemykh Soviet Mining Science
Geologiya i geofizika Soviet Geology and Geophysics
Issledovania Zemli iz Kosmosa Soviet Journal of Remote Sensing
Izvestiia Akademii nauk Armianskoi SSSR. Fizika. Soviet Journal of Contemporary Physics
Izvestiya Akademii Nauk SSSR. Seriia Khimicheskaya Bulletin of the Academy of Science of the USSR. Chemical Science Section
Izvestiya Akademii Nauk SSSR. Seriya fizicheskaya Bulletin of the Academy of Science of the USSR. Physical Series
Izvestiya Rossiiskoi akademii nauk. Metally Russian Metallurgy
Izvestiya VUZ. Fizika Soviet Physics Journal
Izvestiya VUZ. Tsvetnaya Metallurgiya Soviet Non-ferrous Metals Research
Khimicheskaya Fizika Soviet Journal of Chemical Physics
Khimicheskaya promyshlennost Soviet Chemical Industry
Khimiia i tekhnologiia vody Soviet Journal of Water Chemistry and Technology
Koordinatsionnaya khimiya Soviet Journal of Coordination Chemistry
Kratkie soobscheniia po fizike Soviet Physics. Lebedev Institute Reports
Kristallografiia Soviet Physics Crystallography
Kvantovaia elektronika Soviet Journal of Quantum Electronics
Lietuvos fizikos rinkinys Soviet Physics Collections
Liteinoe Proizvodstvo Soviet Casting Technology
Mashlnovodenie Soviet Machine Science
Meteorologiia i gidrologiia Soviet Meteorogy and Hydrology
Opticheskii zhurnal Soviet Journal of Optical Technology
Pisma v Astronomicheskii zhurnal Soviet Astronomy Letters
Poroshkovaia metallurgiia Soviet Powder Metallurgy and Metal Ceramics
Prikladnaya Mekhanika Soviet Applied Mechanics
Radiokhimiia Soviet Radiochemistry
Radiotekhnika i elektronika. Soviet Journal of Communications Technology and Electronics
Sverkhtverdye materialy Soviet Journal of Superhard Materials
Tekhnicheskaia kibernetika Soviet Journal of Computer and System Science
Trenie i iznos Soviet Journal of Friction and Wear
Tsvetnye metally Soviet Journal of Non-ferrous Metals
Ukrainskii khimicheskii zhurnal Soviet Progress in Chemistry
Uspekhi Fizicheskikh Nauk Soviet Physics Uspekhi
Uspekhi Khimii Russian Chemical Reviews
Vestnik mashinostroeniia Soviet Engineering Research
Vysokomolekuliarnye soedineniia Polymer Science USSR
Yadernaya fizika Soviet Journal of Nuclear Physics
Zhurnal analiticheskoi khimii. Journal of Analytical Chemistry of the USSR
Zhurnal eksperimentalnoi i teoreticheskoi fiziki Soviet Physics JETP
Zhurnal fizicheskoi khimii Russian Journal of Physical Chemistry
Zhurnal neorganicheskoi khimii Russian Journal of Inorganic Chemistry
Zhurnal tekhnichesko fiziki Soviet Physics Technical Physics
Zhurnal uychislitel'noi matematiki i matematicheskoi fiziki USSR Computational Mathematics and Mathematical Physics

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年1月17日 (火)

単斜晶(monoclinic)の単位格子の取り方に関するメモ

ある物質の文献を調べたところ、次の2種類の結晶構造が報告されていた。両方とも単斜晶で、

①  a=7.93, b=5.09, c=6.15, β=104.3°

②  a=8.75, b=5.09, c=6.13, β=118.8°

単位はÅ、βはa軸とc軸のなす角である。

パターンを照合してみたのだが、上の①②の結晶構造は同じものだった。例えば、①の(-202)は、②の(002)と同じである。一瞬、あれっ?と思うが、単位格子の取り方の違いだった。理論上、単斜晶には単位格子の取り方が無限に存在する。

Monocli

紙面をb軸に垂直、つまりac面に平行に取ると、上のようになる。①の単位格子を2つ重ねた図だが、②の単位格子は緑でなぞった部分となる。赤線が①の(-202)、②の(001)である。

①の単位格子を3つ、4つ、・・・と重ねて同じ取り方をすれば、いくらでもβの大きい単位格子が取れる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月16日 (金)

粉末X線回折装置用の試料ホルダとX線管球に関するメモ

以下は自分用のメモ。必要あるたびにカタログやら資料をひっくり返して探すのが面倒なので、メモしておく。

■ 試料ホルダ

島津製(XD-D1など)とリガク(UltimaIV、RINTなど)で試料ホルダの形式が微妙に違う(下図)。廃業したマックサイエンス社製はリガクと共通である。

Xrdholder_2

両者を間違えて使うと、X線の当たる場所が変わるので要注意。リガク用の試料ホルダを、5mm浮かせて装着すれば島津製でも使用できる

ちなみに島津用の現行品は

1) 微量試料ホルダ マル(204-49757) 定価12,000円(1枚)

  試料部15 mmφ、くぼみ深さ0.5 mm

2) 微量試料ホルダ カク(205-12462) 定価15,600円(1枚)

  試料部15 mm×20 mm、くぼみ深さ0.5 mm

リガク用の現行品は
1) ガラス試料板(CatNo.9200/5G) 定価 17,115円(1組20枚の値段)
  試料部20 mm×20 mm 深さ0.5 mm
2) ガラス試料板(CatNo.9200/2G) 定価 17,115円(1組20枚の値段)
  試料部20 mm×20 mm 深さ0.2 mm
  である。

リガク用は20枚が17,115円、島津用は1枚12,000円~と格段の差がある。形式が違うだけで、品質は変わらない。なので、上に書いたようにリガク用を、島津用に転用するのが経済的である。

特殊な形式の試料ホルダが必要な場合は、たとえば株式会社オーバーシーズ・エックスレイ・サービスあたりに特注すれば手に入る。

■ X線管球

粉末X線回折用のX線管球を製造しているメーカは、東芝、PANalytical(スペクトリシス株式会社パナリティカル事業部)の2社のみという話である。医療用など他の目的なら他に何社かある。PANalyticalは昔のPhilips。

粉末X線回折用のX線管球の形式(外形)は、ショートアノードタイプとロングアノードタイプの2種類のみで、この形式さえ合えば、東芝製でもパナリティカル製でも、装着できるとされている(出力などはもちろん合わせる必要がある)。ショートアノードとロングアノードで形式が異なる場合でも、専用のスペーサを挟み込めば、ショートアノード仕様のXRD装置にロングアノードの管球を装着できるようになっている。パナリティカルの場合はAタイプとあるのがショートアノードで、Bタイプとあるのがロングアノード(管球一覧のリンク)。紛らわしいことに、東芝はショートアノードでもロングアノードでもAで始まる型番をつけていたりする(一覧へのリンク)。

ロングアノードとショートアノードの長さの違いは13mm程度なので、見ただけでは判別しにくい。金属部を下にして、立てて置いたとき、金属部の上面(フランジの上面)からX線を取り出すベリリウム窓の中心までの長さが、34mmならロングアノードタイプ、21mmならショートアノードタイプ。

ロングアノードタイプ・・・リガク製MiniFlex(初代のもの、MiniFlexIIに関しては知らない)。東芝A-20(1999年~2009年)、A-21(2009年10月2日から使用)を装着。1.0kWまで。

ショートアノードタイプ・・・島津製XD-D1。フィリップスPW2273/20(ロングファインフォーカス、2.2kWまで)、パナリティカルPW2233/20(ノーマルフォーカス、2.0kWまで)、PW2233/20は2007年使用開始で、2009年8月で早くも切れてしまったので、2009年にふたたび同タイプに交換。東芝製に交換するなら、A-45タイプ(ターゲットが単結晶)。

ショートアノードタイプ・・・マックサイエンスMXP3HF22。東芝A-40。

ショートアノードタイプ・・・リガク製UltimaIV。東芝A-41(2.0kWまで)

これらの管球は東芝、パナリティカルとも40万円を少し出るくらいの価格。パナリティカルは直接(XRDメーカを通さず)、X線管球を販売してくれるが、東芝はXRDメーカを通してでないと販売してくれない。(廃業してしまったマックサイエンス製用のX線管球はどこを通して買えというのであろう・・・)

リガク製のUltimaIVは測定開始とともに、X線管球がONになり、電圧、電流を設定値までいきなり上げる仕様になっている。測定が終了するたびに、X線管球がいきなりOFFになり、測定開始のたびに、またいきなり電圧、電流がかかるようである。むかしは電圧、電流はゆっくり上げるようにと厳しく言われたものであるが、東芝製のX線管球を使用するリガクのXRDはそうしなくても良いようになっているのであった。管球が丈夫になったのであろうか・・・。一方、パナリティカル製のX線管球の説明書には、現在でも電圧、電流はゆっくりと上げるようにと記載がある。目下の疑問は、パナリティカル製の管球を、リガクのいきなりON・OFF仕様のXRDで使用したらどうなるかである・・・。

XRD装置で管球冷却水は重要であるが、管球を使用後、冷却水をあまり長く流しすぎるのもよくないという話である。使用後、30分程度流したら、冷却水を止めておかないと今度は結露が生じて、管球の寿命が縮むという

■ X線管球の交換

自分で簡単に行える。0.01°のオーダーでピーク位置がずれるが、粉末X線回折の実用上は、この程度ならなんら問題ない。XRDメーカの出荷時点の保証精度が0.06°以下という話だったので、交換してもその範囲内である。管球を交換したくらいでは、ゴニオメータの再調整は別段いらないと思われる。

正面からマイナスドライバーを用いて、対角線上のネジを2か所外し(このとき水が少し漏れることがあるので受け皿を置いておく)、管球を抜き取る。ネジのない角には冷却水を流すための孔があいていて、そこにゴム製のOリングを挟み込むようになっている。このOリングをなくさないように注意し、新しい管球をつけるときにも挟み込む。Oリングを挟まないと、必ず水が漏れる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年5月12日 (土)

MiniflexでRietveld解析はできるか

Xrd 私の研究室には小型の粉末X線回折装置(XRD)のMiniflex(ミニフレックス、リガク製)がある。机上に置いて測定でき、運ぼうと思えば、二人で運べる程度の大きさで、価格は数あるX線回折装置の中で最も安い。通常の粉末X線回折装置は、畳2つ分くらいのスペースが必要で、価格も一千万円は下らないが、Miniflexは数百万円である。

うちの研究室から数分歩けば、共用設備の普通のX線回折も使えるのだが、自分の部屋で測定する方が楽なのでMiniflexを使って、久しぶりにRietveld(リートベルト)解析をしようとした。久しぶりというのはどのくらい久しぶりというと、12年ぶりである。コンピュータやネット環境が進歩し、以前は高価なUNIXのワークステーションで行っていた作業が、簡単にパソコンで行えるようになっている。

Rietveld法というのはその名の通りRietveldが提案した方法(H. M. Rietveld, J. Appl. Crystallgr. 2, 65 (1969))で、粉末X線回折パターンのピーク位置だけではなく、全データを使って、結晶構造を解析する方法である。ピーク位置だけを見て、人が手計算しても、格子定数、結晶系、せいぜい空間群くらいまでしか出せないけれども、全パターンのデータを使用して、コンピュータに非線型最小二乗法で計算させると、原子位置、占有率などの構造パラメーターまで出せるという代物である(『粉末X線解析の実際 リートベルト法入門』(中井泉、泉富士夫編著、朝倉書店)参照 amazonへのリンク)。

Rietveld法のプログラムとしては、物質・材料研究機構の泉富士夫先生によるRIETANが超有名で、日本人でいることを幸運に感じるくらいである。RIETANは「リータン」と発音し、「リエタン」ではない。最新のRIETAN-2000では、拡張子がintのファイルにデータ、拡張子がinsのファイルに初期値など設定を入れて、DD2という名のバッチファイルにドラッグアンドドロップするだけで結果が出てくる。

そのリートベルト法をリガク製のミニフレックスで、標準試料として提供されているシリコンを測定して、まず装置関数を求めようとした。しかし、うまくいかなかったのであった・・・。

Riexrd 左の図にピークの一つを示す。青が実験値(観測データ)、赤が理論値(シミュレーション結果)である。フィットの良さを評価するR値を見ても、Rwp=12.57%、Re=7.44%、S = 1.6891である。Reが統計的な限界を 表すので、RwpはReに近いほど良い。SはRwpとReの比から求めるパラメータで、フィットが完璧だと1で、1.3より小さければOKなのだが、標準試料で1.6891とはつらい結果である。

構造のわかっていない未知試料を解析したのなら、S値1.6891ならまだ改善の余地もあるというところだが、標準試料のシリコンでこれとは・・・と頭を抱えていた。12年ぶりで何か忘れている感覚があるのではと、プロファイル関数を変えたり、100回ほど試行錯誤を繰り返したがS値は下がらない。

リガクに電話して聞いてみる。「ミニフレックスでリートベルト解析はできますか?」「詳しいものに聞いたところ、無理じゃないかと言っています。Kβ線が入ることと、可変スリットなのが理由です」

無理なのか・・・。RIETAN-2000には可変スリット用の設定もあるのだが、どうも無理らしい。そもそも上記の結果が無理であることを物語っているが・・・。しかし、外国の文献でRigaku Miniflexを使って、Rietveld Analysis を行ったという報告も見かけるので、詳細はよくわからない。もし、Miniflexでうまい具合に、Rietveld解析を行うノウハウをお持ちの方がいたら、ぜひご教示ください。

---------- 追記 ------------
呉藤様より、コメント頂きましたが、シリコンは角度の標準として適切ですが、強度の標準としては不適切のようです。このため、リートベルト法の標準試料としてシリコンは良くないようです。S値が下がらなかった要因は、Miniflexを使ったためと、シリコンを標準としたためと2つ考えられると言えそうです。
-----------------------------

それで、気を取り直して、ミニフレックスではなく標準的な粉末X線回折装置で測定しなおしたところ、別の標準試料(ルチル型酸化チタン)でS=1.01となった。

めでたし、めでたし。

ちなみに、私は陽電子消滅法とRietveld解析(X線回折の)の両方を経験したことのある数少ない研究者であるが、格子欠陥(原子空孔)の評価を行いたい場合は、それぞれに一長一短があるように思う。Rietveld法で、原子の占有率gから原子空孔を評価しようとする場合、試料がきれいで、かつ原子番号の大きい原子でないとかなり厳しいと思う。占有率gは原子変位パラメータBとの相関が強いので、Bがはっきりと確定されていないのに、gの収束値を信用してよいのかという話になる。水素原子の数をX線で決めようなんていうのは論外だが、タングステンぐらいだときれいなサンプルでやれるのではないだろうか。

一方、陽電子消滅法は、陽電子が正の電荷をもつので陽イオンの原子空孔を見るにはよいが、陰イオンの原子空孔は観測できるかどうかわからない。新しい試料で測定する場合、陽電子の寿命と、その寿命をもつ陽電子の成分割合から評価するので、何を見ているかわからないという結論に陥りかねない。試料ごとに何を見ているかということをはっきりさせて(方法論として確立してから)、格子欠陥などの評価に用いる必要があるという意見をよく聞く。陽電子消滅法の場合は単結晶の方が解析しやすいが、逆に、Rietveld法は粉末試料(多結晶)のためのものである。

(注 Kβ線は、放射線のβ線とは違います。X線です。同様に、Kα線も、α線ではなくX線です。誤解があったので念のため)

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2007年4月14日 (土)

これまでの研究での「中発見」のまとめ

先日、広報活動に使う教員録を作成するとかでプロのライターに取材されたのであるが、その中で「実験に失敗しても、何かに生かす、柔軟な発想が大切」と語ったら、これまでの研究と絡めて、その点について詳しく話を聞かせてくださいということになった。そんな話をまとめてみた。なお、私の専門分野は無機材料化学である。

私はこれまでの研究生活で、大発見というと大げさだけれども、中発見といえるような発見をいくつかしてきた。新しい研究テーマとして数年間以上、展開し、学術論文や特許が数件書けて、新聞や雑誌などでトピックスとして取り上げられそうな発見である。私のしたのと同じようなレベルの発見を、大げさに脚色して「大発見」と自ら主張するスタンスをとる研究者もいるとは思う。

で、以下はその「中発見」。

■ 不定比酸化チタンの熱電変換効果の発見

Red  酸化チタンはTiO2の化学組成をもつものが一般的だが、一部TiO2-xのように、酸素の組成が2より少ない数になっているものがある。このような化合物でマグネリ相と呼ばれるものは昔から知られているのだが、その系統とは別の化合物があることを発見したのである。950℃の水素中でTiO2(アナターゼ型、あるいはルチル型)を焼成することで作れるのだが、1時間焼成すればTiO1.94、2時間焼成すればTiO1.91という風に酸素の組成は連続的に変化していく。結晶構造はルチルとも、アナターゼとも、マグネリ相とも違う斜方晶で、色はTiO2とは異なり濃青色である(写真)。ちなみに950℃ではなく、800℃だとか、600℃の水素中で酸化チタンを焼成すると、色が淡黄色から、少し水色っぽい色に変わるが、結晶構造はルチルと同じである。この水色のものは昔から知られていて古いPhysical Review誌にも登場しているのだが、斜方晶のものはこれまで知られていなかった。950℃の水素中という条件がポイントのようである。

ここまででも「中発見」といっていいと思うが、さらに面白いことを発見した。

この新しい不定比酸化チタンの電気抵抗を、温度を変えながら測ろうと、予備的にホットプレートの上にペレット(粉末を錠剤型に加圧成型したもの)を載せ、テスターを当ててみた。すると、テスターの電極のプラスとマイナスを入れ替えたときに抵抗値が違うのである。これはおかしいと電圧計やら、定電流電源を持ってきて精密に測ってみると、ペレットに起電力を生じていることがわかった。しかも、さらに精密に測ると温度差があるときだけ、起電力が生じていた。ゼーベック効果であった。文献を調べてみると、ゼーベック係数が他の物質より大きく、期待できる物質だということがわかった。これは熱電変換効果ともいい、温度差発電などへの実用化に向けて研究されている。原著論文PDF

電気抵抗がうまく測れていないのではという失敗っぽい実験結果から、新物質の熱電変換効果を発見した例である。

■ 水にたくさん溶けるホウ酸ナトリウム塩の開発

ホウ酸、ホウ砂(四ホウ酸ナトリウム十水和物)は、ホウ素系の無機化合物として一般的だが、あまり常温の水には溶けない(水への溶解度は20℃でホウ酸3.99、ホウ砂2.58)。ホウ酸やホウ砂はセルロース系のもの(木材、紙、木綿)の内部にしみこませると、燃えにくくなるいわゆる不燃・難燃効果があるのだが、水に溶かしても薄かったためにその効果が小さかった。そこで、濃いホウ酸塩水溶液を作れないかというのがテーマとなった。作り方はここでは省略するけれども、ホウ酸の8倍以上の濃度のホウ酸塩水溶液を20℃で作れるようになった。

従来の難燃剤はハロゲン系、リン系、アンチモン系など環境保全上、頭の痛いものが多いのだが、この高濃度のホウ酸塩水溶液は新しい不燃・難燃剤として既に実用化され、あちらこちらの材料に使用されている

どうやって高濃度のホウ酸塩水溶液の作り方を発見したかであるが、ホウ酸塩にはいろいろな種類があるけれど、それらを同時に溶かしたら、それぞれの飽和濃度まで全種類が溶け切るのか、それとも一部が沈殿してくるのかというようなことが、発見のヒントになっている。一言でいえば、いろんな重合度(縮合度)のポリホウ酸イオンを水溶液に溶かしてあるということである。原著論文PDF

■ 準弾性レーザー散乱法の新しい測定原理の発見

準弾性レーザー散乱法は、液体表面や液体同士の界面に発生している表面張力波(界面張力波、リプロン、ripplon、capillary wave)と呼ばれている波の振動数を計測して、表面張力(界面張力)を求める方法である。非接触で、しかも高速で経時変化を追うことができるという点がメリットである。しかし、計測する表面張力波が非常に弱いものであるため、信号が汚く、回折格子を使用するなど計測装置の組み立てに高度な技術が要求された。新しく考案した原理では、回折格子を使用せずにレーザーを当てるだけで、従来よりも桁違いにきれいな信号で測定できるようになった。原著論文PDF日本国特許第3839234号

発見の端緒は、大きなピーク(それまではノイズだと思っていた)がスペクトルに出現していたのだが、回折格子を使っても使わなくても出現しているにもかかわらず、測定試料を外すとそのピークが消えたことであった。それまではノイズだと思い込み、誰も気を止めていなかったのだが、表面張力を変えるとその「ノイズ」まで一緒に動くことを確認し、理論的な解析を経て、新しい原理の発見となったのだった。

この方法で、海洋掘削した地中のマグマの表面張力をとらえようという話もでてきているようだ。

■ 水の吸着で電気抵抗が増加するタングステン複合酸化物の発見

一般に物質に水が吸着すると、電気抵抗は小さくなる。水が電気を通すためである。水の吸着で電気抵抗が増える物質などこの世にはなかった。

私が大学院生のときであるが(1991年暮れ)、新しい合成法で作ったカリウムタングステンブロンズ(K0.3WO3)が水の吸着で、電気抵抗が増加することを発見したのである。この水の吸着で抵抗が増えるメカニズムを解明し、湿度センサへの応用の可能性をまとめたものが私の博士論文となった。昨年暮れに亡くなられた柳田博明先生が論文の審査をしてくださったのだが、この発表を柳田先生の前で行ったときには、すごく驚いた表情をされ、真剣に聞かれていたのが印象的だった。

もともとは単純に電気抵抗を測るのが目的だった。試料を加圧成形してペレットにし、ペレットをもう一度電気炉で焼いた後に、電気抵抗を測定したのだが、電気炉から出して電気抵抗を測ると、電気抵抗がみるみる増加する。少し増えるではなくて、桁違いに増えるのだった。何回やってもそうなるので、4回目くらいのときに電気炉から出さずに、電気炉の中で測ってみた。そうすると抵抗は変化しなかった。電気炉の中は乾燥した水素だったので、原因は酸素と水蒸気が考えられる。正しくは湿度(水蒸気)だけが原因だったのだが、当初、私はこれを間違えて、酸素の影響もあると考えてしまったのだった。苦い思い出である。

電気抵抗の変化を、もう少しで焼結の失敗とネガティブに解釈するところだったが、冷静に理由を解明して新事実を見出した。これも一見、失敗ぽいけれども、突き詰めると新事実が隠れている例と言えると思う。

この研究成果は日本化学会の「化学と工業」誌の1998年2月号に化学のフロンティア特集としても掲載された。

30代になると、自分の研究と言っても、自分で手を動かして行う実験と、学生・院生にやらせる実験の2種類があるのだが、上に書いた4つの発見は、自分で手を動かして実験していたときに見つけたものである。

学生・院生にやらせていた実験でも、色々と発見はあったがまた別の機会にまとめることとする。また、上のような発見以外にも、発見をベースとしない地道な研究、例えばX線吸収微細構造によるセメント中微量重金属の分析なども行ってきたのだが、これについても機会があれば紹介することにする。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2007年1月 8日 (月)

2次元結晶の粉末X線回折

2次元結晶の粉末X線回折パターンのピークは左右非対称になり、右側だけに広がって裾を引いた形状になる。なぜか書いてある専門書を見かけないので、ノートしておく。この項目は専門的な話になる。

2次元結晶とは、3次元空間におけるa軸、b軸、c軸のうち、a軸とb軸方向にしか規則性がないものである。イメージとしては次のどれでも良い。

  1. 細長い円柱が平行に規則正しく並んでいるイメージ(缶ジュースが規則正しく並んで箱に詰められている形、タンパク質などで見られることがある)
  2. 原子が平面状に規則正しく並び1枚のシート(層)を作って、その層が等間隔で重なるが、向きが異なっているというイメージ(層同士は平行だが、層同士が並進操作の関係になく、c軸中心の回転操作を伴う。重なるときに、同じ位置が上下に来るなどの規則性があれば3次元結晶となる)。
  3. 原子が平面状に規則正しく並び1枚のシート(層)を作って、その層が平行に同じ向きに重なる(並進操作で重なる)が、その層間隔がランダムである(等間隔でない)。

※ 粉末X線回折では多結晶試料のときもそうであるように、数多くある面のうち特定の向きにある面(層)だけを観察することになる。だから、2.に書いたイメージからX線で観察される方向を向いている層(面)だけを取り出せば、3.のイメージと同じになる。

グラファイト(黒鉛)は炭素原子が共有結合で平面状の層を作り(炭素は正六角形を作るように結合)、その層がファンデルワールス力で規則的に積み重なったものである。通常のグラファイトは、正六角形の中心の位置に、上下の層の炭素原子が来るように重なっているので、3次元結晶である。

熱処理した一部のグラファイトはこの層の重なり方が乱れて、2次元結晶となることが知られている。1枚の層はしっかりと共有結合で平面を形成しているが、層が重なるときの向きがランダムになるのである。ただし、層同士は平行で、層同士の間隔も通常のものとほぼ同じである。

この2次元結晶となったグラファイトの粉末X線回折パターンでは

 (00ℓ)のピークは通常の粉末X線回折と同様に出現する

 (hk0)のピークは左右非対称になり右側に広がった形状となる

 (hkℓ)のピークは観察されない

となる。ただし層の方向をa軸、b軸、層に垂直な方向をc軸とする。

2dxrd 左図は、2次元結晶となったグラファイト(熱処理したカーボンブラック)の粉末X線回折パターンである。左から(100)、(004)、(110)。(100)、(110)のみ右側に広がり、(004)は通常の形状をしている。この図はB. E. Warren, "X-ray Diffraction in Random Layer Lattices", Phys. Rev. 59, 693-698 (1941).からの引用。余談だが、Laue(ラウエ)が、X線回折の測定結果が規則的な模様になることを報告したのが1912年である。その当時はまだそのような模様が得られる理由がよく説明されていなかった(結晶によるX線の回折という現象自体よく知られていなかった)。Laueの報告と同じ年の1912年、Bragg(ブラッグ)が早速、Laueの結果を解析して、かの有名なBraggの式(2d sinθ=nλ)を提出したのであった。今では高校物理で学習する簡単な式であるが、最初に導出するときには相当の苦労があったはずである。上記の2次元結晶を扱った論文はそれから29年後に提出されたことになる。

ピークが右側に広がる理由については、逆格子を用いた説明が上記論文に記載されているが、逆格子を用いなくても直観的に説明することができる。

まず、逆格子を用いた説明であるが、これを理解するためには逆格子の概念とエバルト(Ewald)の作図(エバルト球ともいう)が予備知識として必要である。

エバルトの作図は、ブラッグの回折条件を逆格子上で視覚的(図形的)に表現したものである。(キッテル固体物理学入門 amazonへリンク第2章あたりか、カリティ『X線回折要論』 amazonへリンクを参照)

逆格子上にベクトルk(入射X線の波数ベクトル)を、ベクトルの終点に逆格子点が来るように描く。kの始点を中心として半径|k|の球面を描く。この球面が他の逆格子点を通れば、回折が起きる(ブラッグの回折条件を満たすことになる)。球の中心からその逆格子点に向かうベクトルをk'とすれば、kk'のなす角がブラッグ角である。

3次元結晶の場合、逆格子点はごく小さい球であり、その球と上記のエバルト球が交わった部分の面積が回折ピーク強度となる。もし、逆格子点が大きさのない点ならエバルト球の半径は幅のない一つの値に決まるのだが、実際には逆格子点が点ではなく大きさのある小さい球だから、交わるエバルト球の半径にはある程度の幅があることになる。エバルト球を徐々に大きくしていけば、ある半径で逆格子点(小球)と交わりだして、ある半径で交わるのをやめる。交わる部分の面積は増えてから減るのだが、この増え方と減り方はほぼ同じペースだから、回折パターンに現れるピークは左右非対称にはならない。

一方、2次元結晶の逆格子は3次元結晶と異なって、点(小球)ではなく、細い円柱が平行に規則的に並ぶ。上記の特殊なグラファイトの例ではc軸に平行に細い円柱が並ぶ(c軸方向には無限の長さと考えてよい)。同様にエバルト球を考えると、今度は円柱と球面と交わる面積を考えることになる。エバルト球をだんだんと大きくしていくと、円柱と交わり始めるが、今度は円柱の長さが無限なので、いくらエバルト球が大きくなっても一部はずっと交わり続けることになる。これが回折パターンで右側に裾を引く理由である。上記論文では、逆格子上で交わる部分の面積をもとにして、回折強度が計算されている。詳細は論文を見て欲しい。

次に、逆格子を使わない直観的な説明

上記グラファイトの(100)面を考える。

3次元結晶の場合なら、(100)面をはじめとして、(101)、(102)、(103)、(104)、(105)、(106)、(107)、(108)、・・・・と不連続に次々と回折ピークが出現する。ac面で投影した図を描いてみて欲しい。

2次元結晶として冒頭に書いたイメージのうち、3番目を考える。c軸方向の面間隔がランダムということは、3次元結晶で描いたab面をそれぞれ上下に任意に動かした場合に相当する。すると、上では(101)、(102)、(103)、(104)、(105)、(106)、(107)、(108)、・・・・と不連続に現れていたピークが、連続的に現れてくるということになる。これらのピークは(100)の現れる場所に連続して引き続いて現れるはずである。これが右側にピークが広がる理由となる。

以上は、私が大学院生時代、現京大助教授の日比野光宏氏(当時彼も同じく大学院生だったが)とディスカッションした内容にヒントを得たものである。氏は、逆格子を使って解析していたが、私は実格子で説明するとどういうイメージなのか、リートベルト(Rietveld)法による構造解析はできないのかなど考えていた。当時、馬鹿でかいSun製のUNIXワークステーションを使ってリートベルト解析を行っていたのが懐かしい。2次元結晶には空間群が定義できないので、リートベルト法の適用は現状では無理であろう。2次元結晶向けにプログラムをゼロから組めば同様の解析は可能かもしれないが、かなりの労力を要すると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)