2007年8月27日 (月)

キダ・タロー作曲『アホの坂田』とメキシコ民謡の関係 -著作物の引用とは

先日のブログで「著作物の引用」について、述べた。実は、「著作物の引用」について、前から頭に引っかかっていたことがある。

「アホの坂田」(作曲 キダタロー、作詞 竹本浩三)という曲がある。昭和47年発売で、アホを売りにしていたコメディNo.1の坂田利夫をモチーフにした歌だ。

アホ! アホ! アホの坂田   
アホ! アホ! アホの坂田   
ア~ホの坂田~ ア~ホの坂田~ 
アホの坂田 アホの坂田   
アホの坂田 アホの坂田 
アホの坂田~

がサビの部分の歌詞である。当然ながら、全国の坂田さんから苦情が来るなどしたため、廃盤になったという。私もだいぶ幼い頃に聞いたので、一時期、坂田というとアホを連想してしまっていた。しかし、今でも吉本新喜劇で坂田利夫が登場するときには、この曲が流れている。

著作権の話は、この苦情の一件とは関係ない。

ことの発端は、この迷曲「アホの坂田」と同じメロディーが、リレハンメルオリンピックでのアイスホッケー、ノルウェー対ロシア戦の会場で流れていたことである。日本ではNHKで放映されて、「アホの坂田」を知っている人はあれっ?と思ったらしい。「アホの坂田」が国際的なヒット曲になるなんて、あり得ないのではと。

この疑問を持った視聴者が、朝日放送の『探偵ナイトスクープ』という番組に調査を依頼したところ、作曲者の盗作疑惑が持ち上がったのだが、同番組の中で、作曲者のキダタロー氏は

  • 「アホの坂田」は、メキシコ民謡のメキシカンハットダンスのメロディーを使った
  • これは「引用」であり、盗作とは違う

と主張したのであった。

これは、1994年6月24日に放送された「オリンピックの『アホの坂田』」というタイトルの巻で、私も見ていたが、かなり鮮明に内容を覚えている。

その番組内で

大阪音楽大学の先生に、2つの曲を聴いてもらったところ、「偶然に似てるという確率の方が高い」、「キダ・タローさんがどこかノルウェーの民謡か何かをパクった可能性もありますな」との意見であった。

ニュージャージー州出身の米国人に曲を聴かせると、「ベースボールゲームのときに流れる曲だ」と語っていた。

キダタロー氏は、この取材に対して、渋々、「アホの坂田」にメキシコ民謡「メキシカンハットダンス」のメロディーを使ったことを認めて、VTRの中でこう述べていた。

著名な人口に膾炙(かいしゃ)した世界的な名曲を引用した。パクリゆうたら、誰も知らんような曲を選び、それを下敷きにして、よく似せて書く。そのものやったらパクリでもなんでもない。俺の人生じゃ!

「探偵ナイトスクープ」は、視聴者の依頼に基づいた調査結果をVTRにまとめて流す番組なのだが、このときだけは異例で、VTRが終わった後、スタジオにキダタロー氏が登場し、こう弁解していた。

私はいいんですけれど、あのいっぱい(同じことをしている)私の同僚の作曲家がおりますので、局長もちょっと聞いてください。引用ということにつきまして、本当は引用というのは2つあります。

1つは例えばショパンの幻想即興曲を"I'm always changing rainbow"に歌詞だけ変えて、メロディーいっしょ。そういうのでヒットしたのもありますね。

もう1つの引用は、一部そっくりのメロディーを曲の中に使わせていただく。ものすごい好きな曲、私はメキシカンハットダンス。中南米の音楽がものすごい好きなんです。それで昔、あの進駐軍のバンドやっとったときに、メキシカンがしょっちゅう私のピアノのところに来て、♪ドゥドゥッドゥドゥッとやってたのを一生懸命まねしたんです。それが頭の中に残っとって、アホのアクセントと、きっちり一緒やからそれで使いました。4小節。その頭の部分は、あれだけやったら、知らない人がおるかもわからんから、ほとんどの人が知ってる♪タラララタラララ、あれを4小節わざわざ入れました。これが引用なんです。

私はこれを聞いて、狐につままれたような気がした。

小説家の世界で、芥川龍之介の『羅生門』が今昔物語集から、中島敦の『山月記』が人虎伝から材を得ているのは、公正な慣行に合致していると言ってよいと思う。作曲家の間では、これと同じような感覚で、著作権の切れた古い曲から「引用」する習慣があるということなのか。

引用する場合の出所表示はなされていないのだが、著作権法の48条には「著作物を利用する場合において、その出所を明示する慣行があるとき」に出所表示をする旨の規定があるので、作曲家の間で出所を明示する慣行がないのなら、出所表示しなくてよいということになる。

しかし、上に述べた、小説家の場合はストーリー展開に材を得ているだけで、文章はすべて自分で苦労して、創作した独自のものである。作曲家の場合は、そっくり一緒のメロディーを引用するわけだから、労力はだいぶ異なる。

しかも、著作権の切れた古い曲をそっくり「引用」して、新しい曲として発表した時点で、また新しい強力な著作権が作曲家に生じるのも理解に苦しむ点である。

独特の口調の天気予報で有名な福井敏雄さんが、このときのゲストだったのだが、「私、この年になって、今日はじめて、盗作と引用が違うということを知りました」と感想を述べていた。隣席の上岡龍太郎は「いや、あれは良く言うても盗作でしょう」とコメントを付け加えていたが。

キダタロー氏は、4小節の引用と繰り返し述べていたが、上に引用した歌詞の部分(イントロとその直後のサビっぽい部分)はすべて、メキシカンハットダンスのメロディーとそっくり同じであった(番組中で流されていた)。自分の曲に一部分だけ、民謡やクラシックから拝借することは、聞いたことがあるが、長い部分にわたって、そっくり同じというのは珍しい方だろう。

メキシカンハットダンス(メキシコ民謡)は著作権保護の対象期間を過ぎているし(著作権消滅)、作曲家の間では引用関係を明示する慣行がないようなので、この一件は、著作権法上、問題があるものではない。しかし、一般人の便宜、混乱を考えると、「原曲 メキシコ民謡」くらいの注釈があった方が良かったのではとも思う。

いま、最大の疑問点は、「アホの坂田」のサビのメロディーを上演する場合、「アホの坂田」ならJASRACに著作権料を支払う必要があるが、「メキシカンハットダンス」なら支払わなくてよいということである。同じメロディーなのにである。

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2007年8月24日 (金)

著作物の「引用」とは -著作権のノート

ものを書くようになってから、著作権のことを気にするようになった。

■ 「引用」とは何か

他人の著作物を、自分の著作物として公表することは「盗作」であり、違法行為である。しかし、他人の著作物を自分の著作物の中に「引用」することは、法律で認められた正当な権利である(著作権法32条)。

著作権法

(引用)
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
2 国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物は、説明の材料として新聞紙、雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし、これを禁止する旨の表示がある場合は、この限りでない。

引用」といっても、当然ながら他人の著作物を丸ごと転載して終わり、というような形式では「引用」だと認められない。

「引用」が認められるのは

  1. 他人の著作物を自分の著作物の中に持ってくる必然性がある。
  2. 自分の著作物と他人の著作物が明瞭に区別してある。
  3. 自分の著作物が「」で他人の著作物が「」である。
  4. (引用される著作物が)公表されている著作物である。
  5. 出所が明示されている。

の全条件に合致するときで、このときは著作権者からいちいち許可をとらなくても、他人の著作物を自分の著作物の中に引用することができる。

この条件にある主従関係や、必然性の判断が難しいのである。

■ 文章を「引用」

例えば、村上春樹の小説を数行、「引用」して、その後に批評文を記載した著作物は上記の正当な引用に当たり、問題になることはない(村上春樹の小説であることを明示することが必要。自分の小説にそれを明示せず、村上春樹の文章を数行転載することは「引用」ではない)。

研究者が自分の研究論文の中に、別の研究者の論文を引用することも問題ない。これは引用された側の研究者にとって名誉なこととされる。よい研究論文ほど、引用される回数が多くなると考えられているからである。

批評、研究などのための文章の引用はこれまで比較的自由に行われてきて、よりよい著作物の創出に役立ってきたと思う。著作権者から許可をとらなくていいというところが重要である。許可をとっていたら、批評などできないのだ。

■ 図や絵、漫画の「引用」

これが数年前までネックになっていた問題である。例えば、『ドラえもん』について解説、批評した出版物で、著作権者の許可をとっていないものは、『ドラえもん』の漫画(絵)を転載していない。漫画(絵)を転載することが、正当な引用に当たるかどうかあいまいだったからである。許可なく、漫画(絵)を引用している出版物はごく一部だったと思う。

で、そのごく一部の出版物にこんなのがあった。

『脱ゴーマニズム宣言 小林よしのりの「慰安婦」問題』である。小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』の漫画を一部引用したもので、タイトルから見てわかる通り、小林よしのりの活動姿勢、その漫画について批判、反論する内容だ。書名に小林よしのりの名が入っているが、本人は関係なく、もちろん許可は取っていない。小林よしのりの漫画が57カット引用されていたという。

小林よしのり側が裁判に訴えて、漫画の引用が、上記の正当な引用に当たるかどうかが争われたのであった(「脱ゴーマニズム宣言」事件)。詳しい結果は別冊ジュリスト157『著作権判例百選(第3版)』に掲載されている。(たまたま、訴えられた出版社側に大学時代の友人がいて、いろいろとよた話を聞いたりもした)

結局、判決は確定し、「批評のための漫画の引用は著作物の正当な引用に当たる」となった。ただしこの事件に関しては、カットを勝手に改変したところがあり、それについて同一性保持権の侵害に当たるとされた。

批評目的で漫画の引用ができる」という判決が確定したので、研究、批評目的で図、絵や漫画のカットを引用した出版物が増えるかと思ったら、今のところ、意外とそうでもないようである。

実はもう一つ、頭に入れておかなければいけない事件がある。「藤田嗣治絵画複製事件」である。こちらは学術論文中に批評目的で、藤田嗣治の絵画を引用して掲載したことが訴えられた事件である。判決は、掲載した絵画に鑑賞性があるので、引用は認められないというものだった。1985年の判決であるが、低解像度・モノクロ化などで鑑賞性を低下させないと、適法な引用にならないという内容であった。

これについて、北陸大学の大楽光江教授は上記別冊ジュリスト(2001年発行)の中で

しかし、デジタル複製技術の飛躍的進歩と普及により、一般大衆による複製物ですらその「鑑賞性」が著しく向上していることを考えると、低解像度・モノクロ化などで鑑賞性を低下させなければ適法引用は成り立たないとすることは今や実際的ではないのではないか。絵画の引用につき「鑑賞性」の不存在を求めることはもはや不適当であり、むしろ客観的必要性の判断に重心を移すべきであろう。

と藤田嗣治絵画複製事件の判決は、時代にそぐわないと意見を述べている。

■ 数値・データの引用

数値、データに著作物としての創作性はない。そもそも、「プランク定数が6.63×10^-34 Js」であるとか、「所沢のほうれん草が0.15 pg-TEQのダイオキシン類を含んでいた」などは、事実に過ぎず、著作物ではない。たとえダイオキシン類の分析に手間がかかっていてもである。だから、引用うんぬん以前の問題で、単なるデータ、数値は自分の著作物に使ってかまわない

■ 表の引用

表は数値・データを収集、取捨選択、整理し、著作者があれこれと考えて配列したものである。だから、著作物としての創作性があるとされている(判例の有無は知らないが、大手出版社Mのガイドラインにもそう書いてあった)。だから、表を他人の著作物から引用するときは、上記の引用条件に合致する必要がある。

トラブルを避けるためか、図・表を引用するとき、多くの出版社では引用許可を得てから、引用しているようだ。法律上は出所を示すなどして、上記条件に合致すればかまわないはずである。

■ ピントのずれたクレーム

おかしなことで、いちゃもんをつける人は存在する。

昔、『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』という漫画と映画があった。私は見ていないが、名前から、名作アラビアンナイトに材を得ていることが推測できる。これについて盗作だと騒いでいる人がいたが、こういうのはふつう盗作とは言わない。アラビアンナイトという誰もが知っている名作を元にして、自分のキャラクターに当てはめて、ストーリーをアレンジし、新しい著作物を作り上げているわけである。古い著作物を素材にした、新しい文化の創出といってもよいだろう。

上方落語に「胴切り」というネタがある。辻斬りに遭い、胴体を切断された男が、上半身と下半身に分かれて生き残り、上半身、下半身別々の生活をすると話。上半身が水を飲みすぎて、下半身が困るというのがオチである。同じオチの話がドラえもんにあった。『人間切断機』(てんとう虫コミックス10巻)である。作者の藤子F不二雄氏が、上方落語を知っていたかどうかにかかわらず、これも盗作とは言わない。しかし、盗作だとごちゃごちゃ言っていた人は存在する。見識がないのである。

芥川龍之介の『羅生門』は、今昔物語集を素材にしたものだし、中島敦の『山月記』も中国の『人虎伝』を元にしたものである。これらを盗作という人はまずいないと思う。古い著作物を元にして、新しい著作物をつくり、文化を創出する素晴らしい行為である。

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2007年8月 2日 (木)

自分の論文を自分のWebで公開していいかという著作権の話

研究者は研究成果が出ると、学会や出版社の発行する「学術雑誌」(Journal)に論文(Original Paper)を投稿する。所定の審査を受けた後、掲載されたり(Accepted)、掲載されなかったり(Rejected)する。学術雑誌に掲載された論文が、研究者の主な研究業績である。

私は、発表した学術論文のリストをHP上に載せている。先日、論文タイトルの一覧だけでは、無味乾燥だと思い、論文本体のPDFファイルを一緒に載せようとしたのだが、著作権の問題が気になった。自分が書いた論文で、学術雑誌に掲載されたものを、自分や自分の所属する研究室のWebに載せていいかどうかである。雑誌によっては、そのような行為を禁止していることがあるかもしれないからだ。

普通に考えれば(自然法的な考え方では)、自分の著作物を自分がどう使おうと自由なのだが、自分の論文を学術雑誌に掲載するときには、著作権譲渡書(Copyright Transfer Form)に署名して、一応、自分の著作権を学会や出版社に譲渡していることになっているのである。

それで、いろいろと調べてみた。

エルゼヴィア(Elsevier)社の場合、下記のように自分の論文を自分のHPに載せることを許可している。ただし、雑誌のHPか、論文のDOI(デジタルオブジェクト識別子)を一緒に記載することになっている。

Elsevier社のHP
http://www.elsevier.com/wps/find/authorsview.authors/copyright#internetより

Can I post my article on the Internet?

You can post your version of your journal article on your personal web page or the web site of your institution, provided that you include a link to the journal's home page or the article’s DOI and include a complete citation for the article.  This means that you can update your version (e.g. the Word or Tex form) to reflect changes made during the peer review and editing process.

シュプリンガー(Springer)社も、現行の著作権譲渡書(Copyright Transfer Statement)で同様な条件付で自分の論文を自分のWebに載せることを許可している。

現行のSpringer社Copyright Transfer Statementより引用

An author may self-archive an author-created version of his/her article on his/her own website and his/her institution’s repository, including his/her final version; however he/ she may not use the publisher’s PDF version which is posted on www.springerlink.com. Furthermore, the author may only post his/her version provided acknowledgement is given to the original source of publication and a link is inserted to the published article on Springer’s website.
The link must be accompanied by the following text: “The original publication is available at www.springerlink.com”.
Please use the appropriate DOI for the article (go to the Linking Options in the article, then to OpenURL and use the link with the DOI). Articles disseminated via www.springerlink.com are indexed, abstracted, and referenced by many abstracting and information services, bibliographic networks, subscription agencies, library networks, and consortia.

米国物理学協会(American Institute of Physics)の場合も、同様な条件付きで自分の論文を自分のWebに載せることを許可している。

米国物理学協会のHP
http://www.aip.org/pubservs/web_posting_guidelines.html より

On the authors' and employers' webpages:

  • There are no format restrictions; files prepared and/or formatted by AIP or its vendors (e.g., the PDF, PostScript, or HTML article files published in the online journals and proceedings) may be used for this purpose. If a fee is charged for any use, AIP permission must be obtained.
  • An appropriate copyright notice must be included along with the full citation for the published paper and a Web link to AIP's official online version of the abstract.

米国セラミックス学会(発行元はBlackwell Publishing)の場合も、下記のように同様な条件付きで自分の論文を自分のWebに載せることを許可している。

Blackwell PublishingのHP
http://www.blackwellpublishing.com/bauthor/faqs_copyright.asp#1.3 より

  • you may post an electronic version of the Article on your own personal website, on your employer's website/repository and on free public servers in your subject area. (For most journals there is a requirement that posting of the Article online does not take place until a specified minimum period has elapsed.)
  • Electronic versions of the accepted article must include the following statement, adapted as necessary for your Article:
    Author Posting. © {Insert name of copyright holder as shown on the published article}{insert year of publication} This is the author's version of the work. It is posted here by permission of {insert name of copyright holder} for personal use, not for redistribution. The definitive version was published in {insert journal name}, {insert volume, issue number and pages}. http://dx.doi.org/ {insert doi number}
  • Please note that you are not permitted to post the Blackwell Publishing PDF version of the Article online.
  • よくわからないのが米国化学会(American Chemical Society)である。私が最も多く著作権譲渡書(Copyright Transfer)に署名したのが、このアメリカ化学会なのだが、著作権譲渡書の文面が毎年、微妙に変化している。90年代半ばでは再配布は「in print format onlyで許可する」だったのが、90年代後半に"only"が削除された文面となった。電子媒体での再配布を許可するニュアンスかと思ったが、現行のCOPYRIGHT TRANSFERではまた変わって、印刷物としての配布が50部以下に制限された一方で、要約(本文以外)、表、図は自分のWebに載せてよいことになっている。

    アメリカ化学会の現行のCOPYRIGHT TRANSFER抜粋

    Authors/employers may post the title of the paper, abstract (no other text), tables, and figures of their own papers on their own Web sites, and include these items in their own scholarly, research papers.

    abstract (no other text)の解釈について迷う。本文(text)は載せてはいけないという意味に反対解釈すべきなのか、本文については指針を定めていないという意味なのか。いずれにしろ、私が署名したのは、現行のものではなく90年代のもので、自分の論文を自分のWebにuploadする権利まで、Transferしたかどうかは不明瞭な状態となっている。他の学会と同じように、明快に許可してくれればいいのであるが・・・。

    ちなみに国内の日本セラミックス協会日本分析化学会は、それぞれJ. Ceram. Soc. Jpn.Anal. Sci.の本文PDFファイルを無料でWeb上で公開している状態にあるので、迷うことなく安心してPDFファイルにリンクできる。

    インターネットが発達する1990年代半ばまでは、研究者は雑誌に論文が載ると、自分の論文のコピーや別刷り(自分の論文の部分だけを印刷した抜き刷り、reprint)を、同分野の研究者に挨拶代わりに配ったり、あるいは見知らぬ研究者からのリクエストに応じて、送付したりしていた。これは著作権譲渡うんぬん以前に、研究者コミュニティの習慣として容認されていた権利である。

    インターネットが発達した現在では、雑誌に載った自分の論文をE-Mailで送ったり、自分のWebに載せたりすることが権利として認められてしかるべきだと思う。実際に、ほとんどの学会や出版社は上に書いたようにはっきりと容認している。

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